※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正5年(1916) | - | 【渋沢栄一】海外植民学校顧問。日米関係委員会創立・常務委員。第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。理化学研究所創立委員長。喜寿記念として第一銀行が玉川清和園に記念館誠之堂建設。渋沢栄一述『論語と算盤』(東亜堂書房)刊行。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
11月1日 | 新聞定価一ヶ月四十銭、広告料五号一行八十銭に値上。 | ||
11月3日 | 立太子式記念号二十ページ。立太子記念絵附録小室翠雲筆「瑞象」を発行。 | ||
11月10日 | 入江三郎の二美人殺害を報じた。 | ||
11月15日 | 殺人鬼入江三郎発見者に銀時計、逮捕者に金時計を贈る懸賞を発表した。 | ||
11月18日 | 九州大演習還幸の途武庫離宮御休憩を報じた。 | ||
11月21日 | 本紙小説「誰が児」を大黒座で福井茂兵衛、小織桂一郎一座により上演。 | ||
11月31日 | 入江三郎大阪八尾署に逮捕され発見者福田文太郎、逮捕者石津巡査に賞を贈った。 | ||
12月10日 | 大山巌公の薨去を報じた。 | ||
大正6年(1917) | - | 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。飛鳥山邸(曖依村荘)に晩香廬落成、喜寿の祝いに合資会社清水組より贈られる。〔77歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月1日 | 二十四ページ。特集「欧州戦の将来」絵附録山元春挙筆「遠山の雪」発行。 | ||
1月25日 | 衆議院の解散を報じた。 | ||
2月5日 | 米の対独国交断絶を報じた。 | ||
2月11日 | 創刊十九年記念号十二ページ「家庭のたから」九十六ぺージを附録として月極読者に贈った。 | ||
4月3日 | 栄町六丁目に新築中の社屋落成。記念号二十八ページ。附録東郷平八郎筆「素誠」配付。花自動車八台で祝餅十五万個を市中にまいた。 | ||
4月9日 | 発行兼編集人溝口稔となる。 | ||
4月12日 | 兵電明石線開通を報じた。 | ||
6月2日 | 本社主催現代画展を神港クラブで開いた。 | ||
6月3日 | 本社主催第五回ボートレースを須磨沖で行った。 | ||
7月10日 | 脱走中の殺人鬼入江三郎の逮捕を報じた。 | ||
8月1日 | 神戸電鉄市営発足を報じた。 | ||
8月16日 | 創刊七千号に達したが祝賀行事は九月一日以後に延期した。 |