セーレン(株)『セーレン百年史』(1990.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
慶応3年(1867) - 【渋沢栄一】将軍名代・徳川昭武に従ってフランスへ出立、パリ万国博覧会などを視察。〔27歳〕 渋沢関係略年譜
2月13日 (月日は陽暦)明治天皇践祚 前史―政治・社会事項
11月9日 (月日は陽暦)徳川慶喜、大政奉還 前史―政治・社会事項
12月 (月日は陽暦)松平春嶽、斬政府の議定となり藩士中根雪江、酒井十之丞、由利公正ら参与となる 前史―政治・社会事項
慶応4年(1868) - 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、駿河国駿府(現在の静岡県静岡市)で慶喜に面会。〔28歳〕 渋沢関係略年譜
9月3日 (月日は陽暦)江戸を「東京」と改称 前史―政治・社会事項
10月23日 (月日は陽暦)元号を「明治」と改元 前史―政治・社会事項
明治2年(1869) - 【渋沢栄一】駿府藩(後に静岡藩)に「商法会所」設立。上京。明治政府に仕え、民部省租税正となる。民部省改正掛掛長を兼ねる。湯島天神中坂下(現在の東京都文京区湯島)に居を構える。〔29歳〕 渋沢関係略年譜
4月5日 (月日は陽暦)都を東京に遷す 前史―政治・社会事項
7月25日 (月日は陽暦)藩籍奉還がきまり藩主が知事になる 前史―政治・社会事項
明治3年(1870) - 【渋沢栄一】大蔵少丞となる。官営富岡製糸場設置に向けて、事務主任となる。〔30歳〕 渋沢関係略年譜
- (月日は陽暦)福井藩は本保県と改称し、越前国内の幕府預り地と福井藩を所管 前史―政治・社会事項
明治4年(1871) - 【渋沢栄一】大蔵省紙幣頭となる。神田小川町裏神保小路(現在の東京都千代田区神田神保町)に転居。『立会略則』刊行。〔31歳〕 渋沢関係略年譜
8月25日 (月日は陽暦)廃藩置県 前史―政治・社会事項
8月 (月日は陽暦)越前の国に本保、福井、小浜、丸岡、大野、鯖江、勝山ノ諸県を置く 前史―政治・社会事項
12月 (月日は陽暦)本保、福井、丸岡、大野、勝山の各県を廃止、まとめて福井県とし、福井市佐佳枝上町に県庁をおく 前史―政治・社会事項
- 初代東京府知事・由利公正(福井藩士)、海外視察から持ち帰った欧州の絹布数種を蚕業家に示し絹業発展を促す 前史―絹織物関連事項
明治5年(1872) - 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 渋沢関係略年譜
1月 (月日は陽暦)人心一新のため福井県を足羽県と改称。小浜県、鯖江県2県を廃し合併させて敦賀県を置く 前史―政治・社会事項
10月14日 (月日は陽暦)新橋~横浜間鉄道開通 前史―政治・社会事項
12月9日 (月日は陽暦)太陽暦実施(明治5年12月3日を明治6年1月1日とする) 前史―政治・社会事項
明治6年(1873) - 【渋沢栄一】抄紙会社創立(後に王子製紙株式会社取締役会長)。大蔵省を辞める。海運橋兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)に転居。第一国立銀行創立・総監役。〔33歳〕 渋沢関係略年譜
- 京都ではフランスからジャガード織機(空引機=紋織機)とバッタン機を輸入 前史―絹織物関連事項
- 足羽県を廃止、敦賀県へ合併 前史―政治・社会事項
明治7年(1874) - 【渋沢栄一】東京府知事より東京会議所共有金取締を嘱託される(後に東京会議所会頭)。〔34歳〕 渋沢関係略年譜
5月11日 大阪~神戸間鉄道開始 前史―政治・社会事項
明治9年(1876) - 【渋沢栄一】東京府瓦斯局事務長。養育院事務長。深川福住町(現在の東京都江東区永代)に転居。〔36歳〕 渋沢関係略年譜
7月 橋本多仲と細井ジュン子は敦賀県費生として、京都・舎密局に併設された織殿で織機運転と製織法を学ぶ 前史―絹織物関連事項
9月5日 大阪~京都間に鉄道開通 前史―政治・社会事項
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