| 会社名 | 東急(株) Tokyu Kabushiki Kaisha Tokyu Corporation |
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| 書誌事項 | [ 12045 / B787 ]東急100年史 / 東急株式会社東急100年史編纂事務局編
東京 : 東急社長室広報グループ : 2023.09 983p ; 31cm Tokyu 100-nenshi 制作協力: TOPPAN株式会社年史センター, 株式会社エトレ, ぴあ朝日ネクストスコープ株式会社 ; 印刷: TOPPANエッジ株式会社 ; 横組み |
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| 所蔵リンク | 国立国会図書館サーチ / CiNii Books / Worldcat / |
| 会社沿革と社史メモ | 1922(大正11)年、田園都市株式会社の開発する住宅地と東京中心部を結ぶ鉄道会社として、目黒蒲田電鉄株式会社が設立。翌年、田園都市株式会社の分譲地を通る目蒲線(目黒~蒲田間)を開通させた。1927(昭和2)年、田園都市株式会社を吸収合併し、同社の土地分譲事業を継承。1929(昭和4)年に大井町線(大井町~二子玉川間)を全線開通。1934(昭和9)年、目黒~蒲田間を営業していた池上電気鉄道株式会社を合併。1939(昭和14)年には、渋谷~桜木町間、渋谷~溝ノ口間などで営業する東京横浜電鉄株式会社と合併。新たな東京横浜電鉄株式会社として発足した。鉄道のほか、バス事業や百貨店業、各種レジャー施設の開設などの事業を展開。1942(昭和17)年、京浜電気鉄道株式会社と小田急電鉄株式会社を合併し、東京急行電鉄株式会社と改称。さらに1944(昭和19)年、京王電気軌道株式会社を合併。いわゆる「大東急」が誕生する。戦後、「大東急」の再編成を行い、1948(昭和23)年に東京急行電鉄から京浜急行電鉄株式会社、小田急電鉄株式会社、京王帝都電鉄株式会社、株式会社東急百貨店が分離。その後、鉄道・バス事業を中心に不動産事業、観光・ホテル事業を展開。1953(昭和28)年には東急不動産株式会社を設立するなどグループ企業を拡大、のちには航空事業にも参入した。また源流事業である田園都市開発を復活させ、「多摩田園都市」開発に着手。鉄道事業では、1960年代から70年代にかけて田園都市線、新玉川線を開通させる。2019(令和1)年、商号を東急株式会社に変更。鉄軌道事業を分社・設立した東急電鉄株式会社に継承した。近年では二子玉川や渋谷などで駅周辺再開発事業を行い新しい街づくりを進めている。渋沢栄一は東京郊外での田園都市計画に賛同し、田園都市株式会社の発起人代表となる。同社設立後は相談役、株主として支援した。また栄一は実業界を引退していたため、息子の渋沢秀雄が取締役(本社史では支配人)となり経営に参加している。1923年(大正12)3月11日に目黒蒲田電鉄株式会社によって目黒線が開業すると、栄一は同日行われた開通式典に出席しあいさつしている。翌年10月には同社主催の電化住宅「電気ホーム」の開館式に来賓として参加した。渋沢秀雄は同社設立時より取締役となり、のち常任監査役などを務めた。渋沢同族株式会社としても大株主となり、栄一没後も資金面から支援を続けた。1952(昭和27)年からは渋沢敬三が取締役となっている。本書は前身の目黒蒲田電鉄株式会社設立より100年を記念した社史。全9章の歴史編および資料編による構成。歴史編第3章までは1973(昭和48)年刊行の『東京急行電鉄50年史』をベースに再構成し、以降の章は新たに書き起こしている。資料編では沿革や年表のほか各路線駅の概要や鉄道車両、バス車両解説も掲載されている。また付属資料として「東急グループ会社沿革図」が付けられている。[WEB版の公開を先行して行い、のちに製本版を刊行した。製本版は同時刊行の『100 Thanks』日本語版・英語版と合わせて第24回優秀会社史賞を受賞。] |
| 日経業種 | 鉄道・バス |
| 会社名・団体名変遷図 | 陸運:東京B [交通・通信] |
| 渋沢栄一伝記資料事業名 | - |
| センター・ブログ | https://tobira.hatenadiary.jp/entry/20241225/1735098745 |
| PermaLink | https://shashi.shibusawa.or.jp/details_basic.php?sid=12045 |
