国際興業(株)『国際興業五十年史』(1990.05)

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目次項目 ページ
影像 創業者 小佐野賢治 巻頭
社史発刊に寄せて 取締役社長 小佐野政邦 NP
口絵 躍進する“豊かな暮らしのパートナー”国際興業グループ 巻頭
沿革編 p1
プロローグ 社主小佐野賢治と国際興業 p1
昭和という時代とともに p1
驚くべき高度成長 p1
疾風怒濤の軌跡 p1
社主ありて p2
無からの出発 p2
開眼 p2
出征、帰還、再出発 p2
第1章 国際興業株式会社の発足〔創業建設期:昭和15年~23年〕 p7
第1節 激動の時代に創業 p7
1. 自動車部品商としてスタートをきる p7
独立への模索 p7
軍需産業としての自動車産業 p7
自動車部品商・第一商会の旗揚げ p7
2. 戦時体制下での業容の飛躍的拡大 p10
太平洋戦争の勃発とわが国自動車産業の推移 p10
隆盛をもたらした商品調達能力 p10
軍需省の嘱託となる p10
そろった小佐野3兄弟 p10
多角経営と法人化 p10
3. 終戦―新たな試練 p15
東京山手大空襲で被災 p15
終戦―虚脱と再生 p15
国際商事として再出発 p15
第2節 “多核事業体”としての出発 p17
1. ホテル事業に乗り出す p17
終戦当時のホテル業界 p17
熱海ホテルの買収 p17
山中湖ホテルの買収 p17
強羅ホテルの買収 p17
五島慶太との出会い p17
2. 部品の仕入れに活躍した大阪支店 p22
自動車部品の仕入れに苦労する p22
大阪支店の開設と閉鎖 p22
3. 運輸交通事業への進出 p23
観光バス事業への進出―東京観光自動車の買収 p23
乗合バス事業への進出―東都乗合自動車の買収 p23
4. 国際興業の体制確立 p25
新生日本の誕生 p25
合併から国際興業の設立へ p25
社主制を導入、小島忠が社長に p25
第2章 再生日本の運輸交通を支える〔基盤拡張期:昭和24年~35年〕 p29
第1節 運輸交通事業の本格的展開 p29
1. ハイヤー・タクシー事業に着手 p29
タクシー事業急成長の背景 p29
ハイヤー・タクシー事業への進出―千代田交通の設立・合併など p29
関西での展開―大阪交通・神戸タクシーの経営権掌握 p29
2. 軍関連特定輸送に着手 p32
米軍の要請で基地間バス運行 p32
大規模な米軍バス事業の展開 p32
警察予備隊の特定運送事業を開始 p32
3. バス事業の躍進 p34
武蔵野乗合自動車の経営 p34
直営乗合バス事業の始まり―東都乗合自動車を合併 p34
埼玉県南・南西部にエリアを拡大―太平バス・飯能交通を買収 p34
バス路線網の確立―帝産オートから営業権譲受 p34
4. 東京急行電鉄に資本・経営参加 p38
社主、東急の取締役に就任 p38
東急系企業を譲受 p38
5. 教習所経営に参入 p39
戸田橋自動車教習所を開設 p39
記録破りの盛業 p39
第2節 商事部門の拡大強化 p41
1. 新天地北海道に進出 p41
最初の布石―北海自動車工業に経営参加 p41
北海道での本格的事業展開―北海道いすゞ自動車の経営権掌握 p41
小型車販売の拠点となった札幌いすゞモーター p41
2. 外車販売体制の確立 p44
社主、第1次訪米の途に p44
フォード社と代理店契約を締結 p44
優先外貨で中古外車を輸入 p44
283台の中古車をわずか3日間で完売 p44
メトロポリタンエージェンシーズを買収・合併 p44
3. 取り扱い商品の多様化と産業機械部の新設 p47
日東タイヤの総販売代理店に p47
日東タイヤに資本・経営参加 p47
国民車を販売―東都菱和オートを設立 p47
産業機械部門に進出 p47
マンモスダンプ、黒四ダムで大活躍 p47
第3節 業容の拡大と関西エリアの拡張 p52
1. 業容の拡大 p52
国際不動産を設立 p52
札幌・山形屋旅館を傘下に p52
2. 関西エリアの拡張 p54
大阪高級自動車を買収 p54
南光タクシーなどが傘下入り p54
大阪交通と合併、大阪支店開設 p54
第4節 社主の故郷・山梨での事業展開 p55
1. 故郷への熱い思いと使命感 p55
実業家が輩出する風土 p55
霊峰富士に誓う p55
2. 山梨交通への経営参加と再建 p57
総合的な観光開発を目指す p57
山梨交通会長に就任 p57
3. 百貨店経営に乗り出す p59
近代百貨店の誕生 p59
百貨店経営に乗り出す―甲府松菱を買収 p59
ターミナルデパートを建設 p59
第3章 観光事業の環太平洋的展開〔戦略展開期:昭和36年~45年〕 p63
第1節 時代を先取るハワイへの進出 p63
1. ハワイへの橋頭堡を築く p63
南海の楽園に魅せられる p63
多くの日本人が“ハワイ中毒”に p63
京屋の設立と京やレストランの買収 p63
2. ワイキキ海岸の3ホテルを一挙に取得 p65
39年から海外渡航自由化 p65
プリンセスカイウラニホテルを手中に p65
好評のユニークなホテル運営 p65
モアナ、サーフライダー両ホテルも取得 p65
3. 豪華ホテルを相次ぎ竣工 p69
新「サーフライダーホテル」を建設 p69
「ハワイの発展に貢献」と州当局から祝辞 p69
プリンセスカイウラニホテルの新館を建設 p69
現地で高い評価を得た経営姿勢 p69
5,800室のホテルオーナー p69
第2節 北東北に版図を拡大 p73
1. 北東北への布石 p73
秋北バスがグループ入り p73
“商店街”を兼ねた秋北ホテル p73
関連企業も順調に伸展 p73
2. 東北3県に交通事業網を展開 p76
十和田観光電鉄がグループ入り p76
北東北に第2の拠点を確保 p76
600台が駐車できるターミナルビル p76
過疎化の進行などで経営難にあえぐ岩手県のバス事業 p76
岩手国体を救った岩手中央バスなどの買収 p76
東北3県をカバーする広域事業網の展開 p76
3. 交通・観光事業一体化ネットワークの完成 p80
東北の名湯・花巻温泉 p80
花巻温泉と花巻電鉄がグループ入り p80
花巻電鉄と岩手中央バスの合併 p80
デラックスな宿泊施設を続けて竣工 p80
創業者のロマンを受け継ぐ p80
第3節 観光事業体制の整備と拡充 p84
1. 大型レジャー時代への対応 p84
大型レジャー時代の夜明け p84
国際興業サービスセンターを開設 p84
航空サービス部の新設 p84
国際ゴルフの設立 p84
観光部門の連携強化―KCSの設立 p84
2. 海外観光ツアー時代への体制固め p87
新橋案内所、IATA公認代理店になる p87
本社営業所も、IATA公認代理店に p87
3. 名門ホテルのグループ入り p89
昇仙閣を取得 p89
富士屋ホテルのグループ入り p89
暗雲晴れて再出発 p89
ホテル事業の中核となる p89
富士屋ホテルのあゆみ p89
第4節 建築・不動産部門に本格参入 p93
1. 高度成長に伴う需要の増大 p93
慢性的な住宅不足 p93
大型住宅産業の台頭 p93
2. 日本電建のグループ入り p95
社主、日本電建の経営再建を懇請される p95
新しい布陣による再出発 p95
第5節 運輸交通部門の拡大強化 p97
1. 内部充実と新たな展開 p97
厚生施設を併設した志村営業所の竣工 p97
練馬車庫社員宿舎の竣工と練馬営業所の発足 p97
インターナショナル交通の合併と八興交通の買収 p97
和協交通など3社を合併 p97
2. ワンマンバスの運行と各種運賃の改定 p99
ワンマンバスの運行開始 p99
14年ぶりのバス運賃改定 p99
区間制から地帯制へ―2年後再改定 p99
タクシー料金の改定―時間・距離併用メーター制へ p99
2年後43.7%の再値上げ p99
3. 自動車教習所の整備 p103
大久保自動車教習所の開設 p103
町田自動車教習所を直営 p103
4. トラック業界に初進出 p104
札樽自動車運輸がグループ入り p104
北海道一の大規模ターミナルを建設 p104
実りのあった10年間 p104
第6節 労使協調路線と新体制の確立 p106
1. 定着した労使協調路線 p106
厚生労働会館の落成 p106
抗争よりもまず話し合い―自主独立路線への転換 p106
ストのない労使関係 p106
大家族主義の精神―小佐野社主の理念 p106
2. 小佐野栄社長の就任と新規事業の展開 p111
小島忠社長が勇退、小佐野栄社長の新体制がスタート p111
経営体制の強化と働きやすい職場づくり p111
ボウル国際興業を設立 p111
国際ゴルフを合併 p111
3. 士気高揚とグループ会社の結束 p115
総合社内報『樹輪』を発刊 p115
連帯意識の高揚 p115
第4章 事業ネットワークの拡張と充実〔飛躍拡充期:昭和46年~54年〕 p117
第1節 海外事業網の拡大 p117
1. アメリカ西海岸の名門ホテルを取得 p117
シェラトン・ウエストホテルを取得 p117
シェラトン・パレスホテルも取得 p117
ハワイでの実績が実を結ぶ p117
環太平洋事業網がさらに前進 p117
2. ワイキキ海岸に林立する当社ホテル群 p120
ロイヤルハワイアンホテルなど3ホテルを取得 p120
マウイ島に“第2のワイキキ” p120
日本航空と合弁で機内食サービス会社を設立 p120
第2節 運輸交通事業の拡充再構築 p124
1. 自動車部の発足と営業網の拡充 p124
戸田営業所の開設 p124
埼玉県南輸送事情の好転 p124
タクシー戸田橋営業所の開設 p124
10課設置の自動車部発足 p124
観光東池袋営業所の開設 p124
2. 甲府市内タクシーのシェア拡大 p126
山梨貸切自動車がグループ入り p126
経営の合理化と多角化を推進 p126
3. 採算性の見直し p127
八興交通の経営権を譲渡 p127
タクシー戸田橋営業所の閉鎖 p127
米軍バス横田営業所の閉鎖 p127
第3節 レジャー事業の新展開 p129
1. 直営レジャー施設を相次いでオープン p129
開発事業部を新設 p129
直営のボウリングセンターをオープン p129
ゴルフ練習場をオープン p129
三島ゴルフコースがオープン p129
2. 首都圏で名門ゴルフ場経営 p132
紫興業のグループ入り p132
“ゴルフ日本シリーズ”発祥の地 p132
第4節 不動産の大型プロジェクトと有効利用 p133
1. 大規模住宅団地の開発 p133
小松ヶ丘ニュータウンの建設 p133
三位一体の大プロジェクト p133
2. 遊休土地の有効利用と駐車場経営 p134
西大久保駐車場を開設 p134
二俣川駐車場を開設 p134
駐車場・沼津プラザパークの経営 p134
第5節 資本・経営参加と金融業界への進出 p136
1. 航空・ホテル業へのダイナミックな資本参加 p136
大韓航空の株式10%を取得 p136
社主、日航・東亜国内航空取締役に就任 p136
航空レジャー時代への布石が実を結ぶ p136
社主、帝国ホテル取締役にも就任 p136
2. 金融業界に初進出 p138
国民相互銀行がグループ入り p138
生活産業5本柱の確立 p138
第6節 時代への巧みな対応―閉鎖と開設 p141
1. 老朽施設の見直し p141
初期ホテル・旅館施設の老朽化 p141
強羅観光旅館の閉鎖 p141
山中湖ホテルの改築 p141
熱海ホテルも半世紀の歴史に幕 p141
札幌・山形屋旅館の閉鎖 p141
2. 販売体制の整備拡充 p144
新宿中古車センターがオープン p144
商事部仙台出張所を開設 p144
外車部札幌出張所が新築・移転 p144
札幌いすゞモーターを譲渡 p144
第7節 連帯感と帰属意識の高揚 p147
1. グループあげてサービスキャンペーンを実施 p147
初のキャンペーン p147
サービス標語を募集 p147
実りの多かった職場検討会 p147
2. 永年勤続者褒賞制度のスタート p149
褒賞制度の導入 p149
第1回表彰式を挙行 p149
第5章 生活文化事業の多角的展開〔拡大再編期:昭和55年~61年〕 p151
第1節 本社新築と小佐野政邦社長の就任 p151
1. 新本社ビルなどの落成 p151
新本社ビル建設に着手 p151
新本社ビルの竣工 p151
大塚パーツセンター完成 p151
ハイヤー田町営業所、竣工 p151
2. 会社首脳の相次ぐ死去 p154
バス部門の功労者、長沢良副社長の死去 p154
創業以来の社主の片腕、小佐野定彦専務の急逝 p154
国際興業グループの要、小佐野栄社長逝く p154
3. 小佐野政邦社長の就任と新体制の確立 p158
小佐野政邦取締役、第4代社長に就任 p158
新体制の確立―大幅な人事異動で組織を活性化 p158
「国際興業の新時代」を切り開く p158
第2節 新体制下での新規事業の展開 p161
1. 医療分野に初進出 p161
下部温泉病院の開院 p161
社会性と公共性から決断 p161
2. 広告部門に新規参入 p162
ハウスエージェンシー設立の気運 p162
国際興業エンタープライズの設立 p162
第3節 経営効率の追求と組織再編成 p163
1. 企画開発部の新設とファーストフードへの進出 p163
企画開発部の新設 p163
ロッテリア赤羽駅西口店のオープン p163
2. 部品部と航空サービス部の移転 p164
部品部が大塚パーツセンターに集結 p164
航空サービス部が銀座分室へ移転 p164
3. 直営ホテルの廃止 p166
昭和の風雪に耐えてきた強羅ホテル p166
富士屋ホテルに運営を委託 p166
4. 外車部の廃止と土地開発業務の本社直轄化 p167
外車部の廃止 p167
三田駐車場の開設 p167
管財部の新設 p167
5. 総合旅行エージェントへの脱皮 p168
トラベルサービス部の誕生 p168
期待を担ったトラベルサービス部の新布陣 p168
6. 路線バスの再編成と深夜バスの運行 p170
地下鉄有楽町線延長開業でバス路線再編成 p170
埼京線開業に伴う第1次バス路線再編成 p170
第2次バス路線再編成 p170
深夜バスの運行 p170
第4節 北東北ネットワークの拡充 p174
1. 新たに倉庫業に参入 p174
盛岡倉庫のグループ入り p174
東北地方の倉庫業の拠点を獲得 p174
2. ホテルの相次ぐグループ入り p175
ホテルサンプラザのグループ入り p175
ホテル青森もグループ入り p175
花巻温泉とホテル青森が合併 p175
3. 広がる交通観光網 p177
岩手県交通、岩手県交通観光サービスがグループ入り p177
早池峰バスの設立、グループ入り p177
第5節 都市型ホテルに新規参入 p179
1. 大阪でビジネスホテルを開業 p179
都市型ホテルに新たに進出 p179
大阪富士屋ホテルの竣工 p179
2. 首都東京で本格的シティホテルをオープン p180
リゾートホテルと都市ホテルの調和を目指す p180
八重洲富士屋ホテルの竣工 p180
第6節 社主、逝く! p182
1. 2万人の慟哭 p182
社主、帝国ホテル会長に就任 p182
社主、逝く! p182
その死は内外に衝撃を与えて p182
社葬、厳粛に...... p182
2. 悲しみを乗り越えて p186
停滞は許されない p186
新たな誓い p186
第6章 成熟社会のニーズに応える〔新生発展期:昭和62年~〕 p189
第1節 新生発展期を迎えた国際興業 p189
1. 「愛される会社」から「誇れる会社」へ p189
「誇れる会社」への船出 p189
起動した“21世紀に向けた企業活動” p189
2. “人づくり”制度の確立 p191
人材育成で体質強化を p191
成果をあげたこれまでの研修制度 p191
上級管理者のパワーアップを目指す p191
第2節 ニーズの多様化への対応 p193
1. 土地有効利用への本格的な取り組み p193
ステーションパーク早稲田店がオープン p193
キャプテンクック南浦和店のオープン p193
ステーションパーク札幌店のオープン p193
2. 高速バスの運行 p195
高速バス時代の到来 p195
人気を呼んだ東京~盛岡間の高速バス p195
池袋~大館・能代間、大宮~成田間なども開業 p195
3. オフィスビル事業に新規参入 p198
国際興業赤坂ビルの竣工 p198
21世紀に向けたビル戦略の布石 p198
第3節 “豊かな暮らしのパートナー”として p199
1. ゴルフ場の開発整備 p199
地元の要請に応えてゴルフ場を建設 p199
勝沼ゴルフコースが竣工 p199
社主の銅像を建立 p199
三島ゴルフコース改造・再オープン p199
2. 東北に広がるパートナーの輪 p202
丸運十和田運送がグループ入り p202
ホンダベルノ盛岡花巻店などがオープン p202
3. “山梨ルネッサンス”を主導 p204
未来型アーバン・リゾートホテルを建設 p204
大コンベンションホールを誇る甲府富士屋ホテル p204
装い新たに山交百貨店が再オープン p204
4. 環太平洋ホテル網の完成 p206
ラマダ・ルネッサンスホテル・シドニーの取得 p206
環太平洋ホテル網の完成 p206
エピローグ「国際興業は永遠である」 p209
「新創業元年」を迎えて p209
本当の出番がめぐってきた p209
完成間近い本社第2ビル p209
優れた“ソフト”能力が発展のカギ p209
新たな50年に向けての三つのポイント p209
永遠であるために p212
人材育成策の強化 p212
不断の自己革新が必要 p212
企業思想の共有が大前提 p212
組織と個人の新たな関係の構築を p212
部門編 p217
自動車部 p217
自動車部のあゆみ p217
旅客自動車運送事業の礎を築く p217
事業拡大と体制整備 p217
関連各部の大合同で自動車部誕生 p217
整備業務の拡大と新型車両導入 p217
関連事業の多様な展開 p217
新たな柱と期待される長距離高速バス p217
乗合バス小史 p221
バス黄金時代へ p221
ワンマンバス運行開始 p221
路線調整期へ移行 p221
都市間高速バスの登場 p221
池袋営業所 p224
練馬営業所 p226
志村営業所 p228
赤羽営業所 p230
東京営業所 p232
戸田営業所 p234
川口営業所 p236
鳩ヶ谷営業所 p238
浦和営業所 p240
大宮営業所 p242
飯能営業所 p244
川越営業所 p246
観光バス小史 p248
広域営業の基礎固め p248
マス・ツーリズム時代に即応 p248
東京営業所 p250
練馬営業所 p250
横浜営業所 p251
川口営業所 p251
川越営業所 p252
ハイヤー・タクシー小史 p253
車両25台で開始 p253
ハイヤー・タクシー部に昇格 p253
組織を整備 p253
タクシー事業の見直しを図る p253
田町営業所 p255
自動車教習所小史 p256
指定自動車教習所制度が確立 p256
免許ブームに乗る p256
町田自動車教習所 p257
特殊車両販売小史 p258
累計800台以上を販売 p258
「モービルマート」を商標登録 p258
米軍バス小史(昭和52年廃止) p259
PDにより事業開始 p259
JPAと契約、本格的に展開 p259
長い歴史に幕 p259
事業第一部 p261
事業第一部のあゆみ p261
三島ゴルフコース竣工 p261
勝沼ゴルフコースも順調にスタート p261
三島ゴルフコース p262
勝沼ゴルフコース p264
事業第二部 p266
事業第二部のあゆみ p266
新規事業に対応 p266
資産有効活用を積極的に推進 p266
外車販売小史 p267
外車販売の基礎固め p267
業界のトップ企業となる p267
業容を拡大 p267
50年代後半は苦難の時代 p267
道内基盤の拡充 p267
外車販売札幌営業所 p270
ステーションパーク早稲田店 p271
ビッグボーイ南浦和店 p272
サンチェーン蕨北町5丁目店 p272
ロッテリア赤羽駅西口店 p273
ステーションパーク札幌店 p274
赤羽ボウリングセンター p275
小金井ゴルフセンター p276
盛岡営業所 p277
ホンダベルノ盛岡花巻店 p277
国際興業赤坂ビル p278
ホテル部 p279
ホテル部のあゆみ p279
ホテル経営の基礎固め p279
富士屋ホテル、花巻温泉のグループ入り p279
内外ホテルネットワークの構築 p279
大阪富士屋ホテル p281
八重洲富士屋ホテル p282
甲府富士屋ホテル p283
強羅ホテル p284
熱海ホテル(昭和52年閉鎖) p285
熱海ホテル別館清流荘(昭和52年閉鎖) p285
強羅観光旅館(昭和48年閉鎖) p286
山形屋旅館(昭和54年閉鎖) p286
部品部 p287
部品部のあゆみ p287
卸売商としての地位を確立 p287
目覚ましい事業の伸長 p287
特殊販売にも進出 p287
諸施策によって体質強化 p287
部品部現況 p287
営業課(大塚パーツセンター) p290
大阪出張所 p291
仙台出張所 p291
札幌出張所 p292
商事部 p293
商事部のあゆみ p293
貿易係として発足 p293
油圧機器販売を開始 p293
業界で不動の地位を確立 p293
軌道に乗った土木・建築資材販売 p293
商事部現況 p293
ゴルフ部 p296
ゴルフ部のあゆみ p296
パワービルト輸入代理店契約締結 p296
専属使用契約プロが続々と誕生 p296
主力商品「プロソニック」誕生 p296
ゴルフ部現況 p296
グリーンエイト p298
トラベルサービス部 p299
トラベルサービス部のあゆみ p299
本格的な旅行斡旋事業の始まり p299
総合旅行エージェントに脱皮 p299
トラベルサービス部現況 p299
営業所・案内所一覧 p299
管財部 p302
管財部のあゆみ p302
旧・日本電建の業務を継承 p302
新規開発計画 p302
管財部現況 p302
大阪支店 p306
大阪支店のあゆみ p306
大阪交通がルーツ p306
時代の荒波を乗り越えて p306
国際興業の関西の一大拠点に p306
集中基地方式の見直しと近代化 p306
大阪支店タクシー部小史 p309
根幹事業としてスタート p309
集中管理システムで合理化を図る p309
市内中心部への進出と無線導入 p309
大阪(淡路)営業所 p311
梅田営業所 p311
ナンバ営業所 p312
福島営業所 p312
今里営業所 p313
大阪支店観光部小史 p314
大阪営業所 p314
大阪支店商事部ゴルフ課小史 p315
大阪支店商事部ゴルフ課現況 p315
大阪支店商事部油圧課小史 p316
大阪支店商事部油圧課現況 p316
大阪支店神戸総括営業所 p317
大阪支店神戸総括営業所のあゆみ p317
兵庫県下の先進タクシー業者としてスタート p317
活躍した「バタ公」 p317
観光バス統一デザインのルーツ p317
神戸総括営業所の誕生 p317
時代の流れに即応 p317
事業の効率化を図る p317
神戸営業所 p320
明石営業所 p320
姫路営業所 p321
網干営業所 p321
高砂営業所 p322
三宮営業所 p322
ホノルル支店 p323
ホノルル支店のあゆみ p323
ホノルル支店の開設 p323
現地運営委託方式のホテル経営 p323
相次ぐホテルの建設 p323
米本土進出 p323
改修工事進む p323
オーストラリアへ事業網を拡大 p323
プリンセスカイウラニホテル p326
モアナ・サーフライダーホテル p327
シェラトン・ワイキキホテル p328
ロイヤルハワイアンホテル p329
シェラトン・マウイホテル p330
シェラトン・タウンハウス p331
シェラトン・パレスホテル p332
ラマダ・ルネッサンスホテル・シドニー p333
産業機械部(昭和45年廃止) p334
産業機械部のあゆみ p334
新事業分野を開く p334
黒部第四ダム建設用ダンプを納入 p334
全国販売網の確立 p334
10年の歴史に幕 p334
グループ会社編 p337
国際興業グループ発展図 p337
国際興業グループ事業網 p339
目で見る国際興業グループ部門別主要事業 p340
運輸・交通 p340
観光・レジャー p344
流通・商事 p350
建築・不動産 p351
銀行・保険 p353
広告 p353
医療 p353
グループ会社 p354
北海道いすゞ自動車株式会社 p354
札樽自動車運輸株式会社 p356
東光モータース工業株式会社 p358
東光運輸株式会社 p359
札幌団地タクシー株式会社 p360
北海道貨物急送株式会社 p361
十和田観光電鉄株式会社 p362
十和田観光タクシー株式会社 p364
株式会社十和田電鉄観光社 p365
十鉄ターミナルビル株式会社 p366
十和田富士屋ホテル株式会社 p367
丸運十和田株式会社 p368
株式会社ホテル青森 p369
秋北バス株式会社 p370
秋北タクシー株式会社 p372
秋北観光株式会社 p373
岩手興業株式会社 p374
株式会社岩手観光バス p375
株式会社岩手観光ツーリスト p376
株式会社シティ商事 p377
株式会社盛岡国際 p378
株式会社盛岡バスセンター p379
花巻温泉株式会社 p380
岩手県交通株式会社 p382
株式会社岩手県交通観光サービス p384
早池峰バス株式会社 p385
日本電建株式会社 p386
株式会社国民銀行 p388
国際不動産株式会社 p390
国際興業エンタープライズ株式会社 p391
紫興業株式会社 p392
富士屋ホテル株式会社 p394
山梨交通株式会社 p396
株式会社山梨交通自動車教習所 p398
山交トラベルサービス株式会社 p399
山交タクシー株式会社 p400
山梨貸切自動車株式会社 p401
ニッポンレンタカー山交株式会社 p402
山梨観光自動車株式会社 p403
株式会社山交 p404
医療法人財団交道会下部温泉病院 p406
大阪交通株式会社 p407
株式会社ボウル国際興業 p408
KYO-YA CO., LTD.(株式会社京屋) p409
KYO-YA OCEANIC CO., LTD.(京屋オセアニック株式会社) p410
懐古編 p411
永遠の敬慕 小佐野政邦 p411
遺徳を偲ぶ(寄稿) p412
温かい人間性 衆議院議員・元副総理 金丸信 p412
小佐野賢治さんの思い出 日本航空取締役会長・東京海上火災保険相談役 渡辺文夫 p414
小佐野賢治会長を憶う 三和銀行会長 川勝堅二 p416
小佐野賢治さんを想ふ 東洋信託銀行会長 森田千賀三 p418
小佐野翁の遺徳に感謝して 山梨県知事 望月幸明 p420
小佐野氏を偲んで 埼玉銀行取締役相談役 大木恒四郎 p422
危機を救ってくれた小佐野さん 日本エアシステム会長 田中勇 p424
故小佐野賢治社主を偲ぶ p425
生涯回顧 p425
生い立ち p425
父と母 p425
偉大なるガキ大将 p425
映画から学ぶ p425
旅立ち p425
根性と優しさと p425
反骨・豪胆 p425
仕事の鬼 p425
義理と人情 p425
ハイジャック事件に遭遇 p425
ゴルフ哲学 p425
無念のロッキード事件 p425
3人の恩人たち p425
鬼気迫る闘病 p425
富士への思い p425
名誉職歴 p441
勝沼町名誉町民に推戴される p441
主なグループ外企業役員歴 p441
主な団体役員歴 p441
主な公職歴 p441
主な褒賞歴 p441
小佐野賢治語録 p446
信念・信条・志 p446
根性・努力・実力主義 p446
運を開く p446
健康・バイタリティー p446
早朝出勤の効用 p446
メモをとらない p446
経営は実践 p446
決断・カン p446
“分”を守る p446
けじめ p446
商の道 p446
人の道 p446
寿命 p446
事業戦略 p451
多核事業体 p451
時機 p451
経営再建・経営引き受け p451
時代を先取る p451
旧社名は残す p451
総合開発 p451
会社経営 p454
社主制・100%の責任体制 p454
資本家・経営者の責任 p454
経営者の資格 p454
決意 p454
企業は永遠 p454
伝票・印鑑 p454
グループ会社 p454
総力体制 p454
積極経営 p454
労使協調 p454
モラルの高揚 p454
現場重視 p454
組織と個人 p457
持ち分を生かす p457
責任のとり方 p457
派閥 p457
企業と社会 p458
顧客 p458
現地主義 p458
社会性 p458
人づくり p459
人がすべて p459
スカウト人事はしない p459
財産づくり p460
秘訣 p460
保全 p460
私の財産 p460
故郷・肉親・恩人たち p461
恩人 p461
両親・兄弟 p461
故郷 p461
故小佐野栄社長・故小佐野定彦専務を偲ぶ p463
故小佐野栄社長の足跡 p463
出生 p463
社主の片腕に p463
温厚にして毅然たる通信兵の卵 p463
敬愛された戦友会会長 p463
驕らず、飾らず、豪放磊落 p463
青木功プロ育ての親 p463
「人と人との出会いこそ大事」 p463
惜しんでも余りある死 p463
故小佐野定彦専務の足跡 p471
小佐野家三男として出生 p471
社主を助け、苦難をともに p471
徴用され、軍属に p471
自動車運送事業を陣頭指揮 p471
即断即決 p471
おおらかな人間性 p471
業界の発展に多大な貢献 p471
ハンティングの腕前は超一流 p471
愛妻家 p471
資料篇 p479
業務組織図 p479
歴代社長 p481
現役員 p482
資本金の推移 p486
国際興業グループ従業員数の推移 p487
国際興業グループ全輸送機関年間走行キロ数 p488
国際興業グループ全輸送機関年間輸送人員数 p489
国際興業グループ宿泊施設年間利用客数 p490
バス運賃の変遷 p491
自動車部門最近20年間の営業成績 p492
乗合バス運行系統表 p494
事故統計(本社) p498
福利厚生・労働組合 p502
国際興業健康保険組合 p502
国際興業厚生年金基金 p502
国際興業共済組合 p502
国際興業労働組合 p502
国際興業大阪労働組合 p502
国際興業神戸労働組合 p502
東京自動車教習所労働組合町田支部 p502
国際興業グループ事業所一覧 p504
年表 p518
参考文献 NP
取材協力、資料・写真提供 NP
編集制作協力 NP
編集後記 NP
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