(株)帝国ホテル『帝国ホテル百年の歩み』(1990.11)

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目次項目 ページ
発刊によせて NP
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第一部 帝国ホテルの百年 p2
一、 帝国ホテルの誕生 p2
国策だった本格洋式ホテル建設 p2
宮内省も出資 p2
東洋一の迎賓館 p2
営業不振に苦しむ p2
支配人にフライク兄弟 p2
増築とメトロポールホテルとの合併 p2
渋沢の会長辞任、大倉喜八郎の会長就任 p2
二、 支配人・林愛作と新館の建設 p18
経営理念の確立 p18
思いきった設備投資とアイデア p18
新館の建設構想 p18
フランク・ロイド・ライトとの契約 p18
着工の遅れ p18
工期の遅延、膨大な予算超過 p18
本館を全焼、役員の総辞職 p18
三、 ライト館の時代 p32
ライト館の竣工と関東大震災 p32
文化の殿堂に p32
上高地帝国ホテルと国際観光振興 p32
東京会館の運営 p32
幻の大ホテル建設計画 p32
帝国ホテルの被災、敗戦 p32
四、 接収時代の帝国ホテル p48
マッカーサーの来館 p48
モーリス支配人の下で p48
接収下の料理、レストラン p48
従業員組合の発足、給与制度の改定 p48
接収解除と自由営業再開 p48
五、 ホテル新時代に向かって p56
国際社会への復帰とホテル業界 p56
第一新館の完成 p56
続いて第二新館の建設 p56
株式東証二部上場 p56
ホテルブームの到来 p56
六、 ホテルの大衆化と新本館建設 p67
大衆化社会の到来 p67
新本館の建設 p67
ライト館の終焉、新本館の竣工 p67
帝国ホテルの新世紀 p67
宴の後の苦闘 p67
セールス活動の強化 p67
七、 高級路線の再確認とインペリアルタワーの建設 p79
業績の好転 p79
経営の近代化 p79
タワー構想 p79
量から質の追求へ p79
タワーが威力を発揮 p79
第二部 時代精神と文化のパイオニア p90
一、 帝国ホテル「さきがけ」物語 p90
ホテルランドリーの始まり p90
郵便と電話の始まり p90
アーケードの始まり p90
世界に広まったサービス料制度 p90
家族で楽しむクリスマスパーティー p90
二、 ホテルと結婚式の深い結びつき p98
時代を先取りしたホテルでの披露宴 p98
広く行われ出した「永島式結婚式」 p98
大正から昭和にかけての披露宴 p98
メインディッシュにオムレツ p98
普及したホテル結婚式 p98
三、 ホテルで奏でた西欧メロディー p105
西洋音楽のあけぼの p105
ホテルに響いたシンフォニー p105
トップクラスの常設バンド p105
帝国ホテルのディナーダンス p105
音楽のある毎日を求めて p105
日本で初めてのホテルのディナーショー p105
四、 演芸場を彩った華麗な人々 p113
新演劇の灯、ホテルに煌めいて p113
ステージを飾った新作戯曲群 p113
新派・新劇の名優による名演 p113
震災の街で評判の洋画を上映 p113
五、 文学のなかの帝国ホテル p117
永井荷風が描いた明治の帝国ホテル p117
上流社会の社交界の舞台として p117
映画になった「東京行進曲」 p117
西欧の象徴として p117
名作『細雪』の舞台に p117
帝国ホテルをこよなく愛した正宗白鳥 p117
歴史とともに生きたホテルを描く清張作品 p117
六、 帝国ホテルの歴史を彩った人々 p124
ホテルで開かれた初の帝国議会 p124
明治の日本を訪れた各国の人々 p124
大正の帝国ホテルに滞在した著名人 p124
芸術家・芸能人続々と世界から p124
名声高い映画人のウルトラ人気 p124
昭和初期に訪れた世界の要人・有名人 p124
帝国ホテルに戦争の影、色濃く p124
接収された帝国ホテルに宿泊した人々 p124
世界のスターの隠された素顔 p124
ホテルをわが家としたテナーと女優 p124
来日相次いだ各国の貴賓・要人 p124
第三部 近代ホテル建築の記念碑 p145
時代ニーズの反映 p145
一、 明治の洋式建築と帝国ホテル p145
官民一体のプロジェクト p145
新鋭、渡辺譲の設計 p145
ネオ・ルネッサンス様式の木骨煉瓦造り p145
世界の一流調度品を集めた最高級ホテル p145
二、 独自の世界を構築していたライト館 p153
名実ともに帝国ホテルのシンボルだった p153
林愛作、F.L.ライト、犬丸徹三 p153
遅れる工期、膨れ上がる工費 p153
日比谷に出現した”電気ホテル” p153
大谷石とスクラッチタイルのコンビネーション p153
ライトの完全主義 p153
三、 山岳ホテルのパイオニア-上高地帝国ホテル p167
長野県の委託を受ける p167
スイス山小屋風木造四階建て p167
四、 復興から成長の時代の産物-第一・第二新館 p173
急増する都内ホテル需要 p173
思いきって装いを新たにした第一新館 p173
地下五階を潜函工法で p173
最先端をいく設備 p173
五、 高度成長そして超高層建築時代の帝国ホテル p179
新時代のホテル像を体現した新本館 p179
コンセプトは「進歩と調和」 p179
利用客本位の設備と室内 p179
八〇年代の東京が生み出した複合ビル-インペリアルタワー p179
柔らかな表情の外壁タイルと出窓のある客室 p179
六、 本館のリノベーション p194
インペリアルタワーとのバランス p194
すべてを一新した客室 p194
ライト館の雰囲気を醸す孔雀の間 p194
第四部 帝国ホテルが育んだ料理 p200
一、 メニューに見る帝国ホテル料理史 p200
「来客いずれも大いに満足」した開業祝宴の料理 p200
本格的だった開業初期のメニュー p200
天長節夜会を盛り上げた帝国ホテルの料理 p200
料理が評判をとった帝国ホテルの結婚披露宴 p200
飛行船ツェッペリン伯号の食事を供給 p200
接収下の料理 p200
元首・国王を迎えた帝国ホテルのメニュー p200
二、 歴代の料理長と料理人たち p213
開業期三代の料理長 p213
基礎を確立した内海藤太郎 p213
ロマノフ王朝の味を伝えたイワン・サゴヤンのパン p213
調理場からの留学生たち p213
近代フランス料理の導入者、石渡文治郎 p213
次世紀への橋渡し役、村上信夫 p213
多士済々の帝国ホテルの料理人たち p213
三、 帝国ホテルのレストランの変遷と事始め史 p226
開業期の料飲施設と支配人フライクの功績 p226
料飲施設の拡充、調理部門の刷新 p226
わが国初の一品料理の「グリル食堂」を開業 p226
本場の最新フランス料理を導入-グリルとプルニエ p226
食堂前に長い行列 p226
「インペリアルバイキング」の開始 p226
街の通りをつなぐ「コーヒーハウス」のオープン p226
伝統の「フォンテンブロー」と現代の「レ セゾン」 p226
フランス地方料理の「ラ ブラスリー」 p226
こだわり派向けの味と香り「サロン ド テ」 p226
ライト館の雰囲気を伝える「オールドインペリアルバー」 p226
結び p249
年表 p251
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