ブリヂストンタイヤ(株)『ブリヂストンタイヤ五十年史』(1982.03)

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目次項目 ページ
刊行のことば NP
第一章 当社の創業(一九〇六~一九三一) p1
はじめに p1
第一節 創業の基盤 p4
一、創業者石橋正二郎の生い立ち p4
二、均一価格足袋の成功 p8
三、地下足袋創製とゴム靴量産 p15
第二節 創業の経過 p22
一、タイヤ国産化の決意 p22
二、昭和初期の自動車用タイヤ業界 p25
三、仮工場における試作開始 p27
四、社名ブリッヂストンの決定 p36
五、当社の創立 p37
第二章 創業期の苦難(一九三一~一九三六) p41
第一節 創立直後の市場開拓と製造技術 p41
一、販売活動の理念と組織 p41
二、本格生産の開始と技術的苦闘 p46
第二節 タイヤ量産・量販体制の形成 p49
一、マーケティング活動の本格化 p49
二、久留米工場の建設 p55
三、旭製鋼所の経営 p60
第三節 市場の拡大に伴う諸問題 p61
一、乱売戦とタイヤ協会の結成 p61
二、輸出環境悪化との戦い p65
三、国内販売体制の推移 p68
第四節 製品分野の拡大と合成ゴム事業への進出 p69
一、製品分野拡大 p69
二、合成ゴム事業への進出 p72
第三章 戦時下の経営(一九三七~一九四五) p81
第一節 戦時期の本社 p81
第二節 横浜工場の建設 p86
一、日本ゴム横浜工場の引継ぎ p86
二、再生ゴムの製造開始 p88
第三節 軍需品の増産体制 p90
一、軍需生産の拡大 p90
二、生産設備の拡張 p98
三、戦時統制への対応 p101
第四節 海外事業の展開 p109
一、海外工場の建設 p109
二、海外工場の委任経営 p120
第五節 航空機関連工業への進出 p124
一、航空機製作所 p124
二、機器製作所 p125
第四章 戦後復興と技術革新(一九四五~一九五三) p127
第一節 戦争による打撃と生産再開 p128
一、当社の受けた損害 p128
二、生産再開 p129
三、自転車産業への進出 p132
四、占領軍用タイヤの修理 p135
第二節 長期スト p137
一、労働組合の結成 p137
二、四十六日間ストライキ p140
第三節 企業再建整備 p147
第四節 天皇陛下、久留米工場に行幸 p151
第五節 グッドイヤー社との技術提携と生産設備近代化五ヵ年計画 p153
一、グッドイヤー社との技術提携 p153
二、生産設備近代化五ヵ年計画 p160
第六節 レーヨンタイヤの開発とU-LUGその他のタイヤ新製品 p164
一、レーヨンタイヤの開発 p164
二、U-LUGその他のタイヤ新製品 p168
第七節 天然ゴム暴落による苦境 p173
一、朝鮮動乱と天然ゴム相場 p173
二、天然ゴム暴落による苦境と積極経営 p175
第八節 タイヤの販売活動 p178
一、国内販売 p178
二、海外販売 p183
第九節 多角化の動き p185
一、エバーソフト p185
二、ゴルフボール p189
三、工業用品 p191
四、サイクル部門 p192
第十節 社名復旧とブリヂストンビルの建設 p196
一、社名復旧と社旗制定 p196
二、ブリヂストンビル建設とブリヂストン美術館開館 p197
第十一節 久留米大水害と厚生施設の再建拡充 p201
第五章 量産・量販体制の確立(一九五四~一九六〇) p205
第一節 創立二十五周年と石橋文化センター p205
一、記念式典と社歌制定 p205
二、石橋文化センターの寄贈 p209
第二節 ナイロンタイヤの開発 p212
一、ナイロンタイヤの開発とHTマシン p212
二、久留米コード工場の建設 p220
第三節 国内タイヤ販売活動の強化促進 p223
一、長期販売方針の発表 p223
二、販売活動の諸施策 p224
三、技術サービス活動 p234
四、ORタイヤの販売拡充 p236
第四節 東南アジア・中近東向け輸出基盤の強化 p239
第五節 化工品部門の動向 p245
一、エバーソフト製造販売体制の革新 p245
二、エバーライトの開発と販売 p249
三、ゴルフボールの新製品 p252
四、工業用品の生産と販売 p253
第六節 東京工場の建設 p259
第七節 新しい合成ゴムの開発 p267
一、日本合成ゴムの設立とシス・ポリブタジエンの開発 p267
二、日本合成ゴムによるシス・ポリブタジエンの工業化 p274
第六章 株式公開と体質改善(一九六一~一九六八) p279
第一節 株式公開と社長交代 p279
一、株式公開 p279
二、社長交代 p286
第二節 経営管理の近代化 p289
一、経営組織の転換 p289
二、5T5Sの提唱と展開 p297
三、EDPS化を中心とした事務改善 p299
第三節 技術センターの東京進出とその拡充 p304
一、技術センターの建設 p304
二、技術センターの機能 p307
第四節 生産能力の拡充 p310
一、那須工場の建設 p310
二、東京工場の増設と上尾工場の建設 p313
三、彦根工場の建設 p316
第五節 タイヤ販売促進施策 p320
一、販売会社管理 p320
二、タイヤショップ制度 p323
三、BTM制度とBTA制度 p326
四、販売促進活動 p328
第六節 その他部門の展開 p334
一、エバーライト販売と加工体制の確立 p334
二、ゴルフボールの販売 p339
三、工業用品の生産と販売 p342
四、ブリヂストン液化ガスの設立 p348
五、ブリヂストン・インペリアル・イーストマンの設立 p352
六、プリンス自動車と日産自動車の合併 p355
七、オートバイ事業からの撤退 p359
第七節 総合的品質管理活動(デミング・プラン) p365
一、デミング・プラン導入の経緯 p365
二、デミング・プラン推進の経緯 p371
三、社是の制定 p378
四、デミング賞受賞後の活動 p380
第七章 自主技術の確立と国際化(一九六九~一九七二) p383
第一節 ポリエステルタイヤの開発 p383
一、ポリエステルコード用接着剤の開発 p383
二、ベルテッドバイアスタイヤ p386
第二節 ラジアルタイヤ開発と3R工場の建設 p389
一、ラジアルタイヤの普及 p389
二、ラジアルタイヤ開発の努力 p391
三、スチールコードの自給体制 p406
四、3R工場の新設 p408
五、タイヤコード生産能力の増強 p418
第三節 国内のタイヤ販売活動 p420
一、ラジアルタイヤの販売 p420
二、タイヤ販売政策の刷新 p421
三、アルミホイールの発売 p423
四、モータースポーツへの参画 p426
五、宣伝広告とイベント開催 p429
第四節 海外でのタイヤ販売活動 p432
一、対米輸出の布石と販売拠点の設置 p432
二、欧州、カナダ、豪州における販売活動 p436
三、アフリカおよび中南米地域における販売活動 p440
第五節 海外工場の建設 p443
一、戦後初の海外工場―シンガポール工場のスタート p443
二、タイ工場の建設 p448
第六節 化工品部門の強化 p452
一、熊本工場の建設 p453
二、ブリヂストン防振ゴムの設立 p454
三、エバーライトの生産能力増強 p456
四、新規分野の開拓 p457
第八章 激変する環境への対応(一九七三~一九八一) p461
第一節 創業者の引退と死去 p461
一、創業者引退による社長交代 p461
二、創業者石橋正二郎の死去 p465
第二節 石油危機の到来 p468
一、石油危機の影響 p468
二、国会喚問と公正取引委員会の立入り調査 p473
第三節 環境保全のための努力 p475
一、公害防止活動 p475
二、使用済タイヤの処理 p477
第四節 技術開発・品質保証体制の整備 p479
一、技術センターの拡大充実 p479
二、タイヤ専用テストコースの完成 p481
三、品質保証活動の展開 p484
第五節 軽量タイヤの開発 p489
一、乗用車用ラジアルタイヤの軽量化 p490
二、トラック・バス用ラジアルタイヤの軽量化―TAF構造の開発 p494
第六節 安定成長時代への対応―販売網の再編成と販売管理の機械化 p496
一、タイヤ販売会社の再編成 p496
二、販売管理の機械化―DOTシステムの完成 p497
第七節 化工品部門の活動 p500
一、海洋商品 p500
二、パネル水槽などFRP製品の開発と販売 p503
三、建築関連用品への進出 p505
四、ゴルフボールの新機軸・ADレクスターの開発 p508
五、化工品試作センターの建設 p511
第八節 新工場の建設 p513
一、国内タイヤ工場の建設 p513
二、海外工場の建設 p517
第九章 創立五十周年を迎えて p529
あとがき NP
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