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松下電器産業(株)『松下電器五十年の略史』(1968.05)
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目次
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資料編
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目次項目
ページ
創業するまで 明治二十七年―大正七年(一八九四―一九一八年)
p5
一 松下幸之助の生い立ち
p5
出生
p5
一家の苦難
p5
丁稚として大阪へ
p5
二 丁稚として働く
p8
火鉢店の丁稚に
p8
自転車店に住み込む
p8
自転車レースの体験
p8
タバコの買い置きサービス
p8
「商売で身を立てよ」
p8
すべてのものに学ぶ
p8
三 商売に学ぶ
p13
自転車売り込みの体験
p13
商売人の心構え
p13
悪事の処置を求める
p13
正しいあり方の追求
p13
四 電気に目を向ける
p17
電気に引かれる
p17
丁稚をやめて電気の仕事を
p17
桜セメントに臨時就職
p17
運命に対する信念
p17
大阪電灯へ入社
p17
五 電灯会社に勤める
p21
十六歳で工事担当者に
p21
多くの工事を体験
p21
「不健康また結構」
p21
夜学に通う
p21
結婚
p21
六 独立自営の決意
p25
検査員に昇格
p25
ソケット製造の決意
p25
大阪電灯を退職
p25
七 ソケットの製造を試みる
p28
ソケット製造を始める
p28
まず練物の調合から
p28
ソケット不成功に終わる
p28
碍盤の受注で立直る
p28
諦めないこと
p28
八 配線器具の製造へ
p32
配線器具製造の決意
p32
電化の時代
p32
社会の要望
p32
創業の時代 大正七年―昭和七年(一九一八―一九三二年)
p39
一 松下電気器具製作所を創立
p39
創業
p39
アタッチメントプラグの製造
p39
総代理店を設ける
p39
直接取引で危機を打開
p39
東京の販売網建設
p39
M矢のマーク
p39
二 任せる行き方と歩一会の結成
p44
練物の調合を教える
p44
任せる行き方
p44
歩一会の結成
p44
全員一体の体制
p44
三 初めて工場と本店を建設
p46
不況下の工場建設
p46
積極経営の第一歩
p46
キーソケットの発売を延期
p46
採算に立ち分を知ること
p46
四 電池ランプを考案発売
p51
電池ランプの考案
p51
砲弾型ランプを発売
p51
点灯試験で販路開拓
p51
販売区域の問題起こる
p51
ランプの販売権を山本商店へ譲渡
p51
三年分の代金前払い
p51
五 「ナショナル」ランプを発売
p58
山本氏との意見対立
p58
ランプ販売権を買い戻す
p58
「ナショナル」マークの制定
p58
「ナショナル」ランプの発売
p58
生活の中から生まれた技術
p58
金融恐慌と銀行閉鎖
p58
住友銀行と取引開始
p58
六 電熱器分野へ進出
p65
共同出資で電熱部を創設
p65
アイロンを発売
p65
赤字決算の反省と電熱部直営
p65
「商売は真剣勝負」
p65
技術に対する熱意
p65
七 事業の社会的責任を自覚
p69
生活に必要なもの
p69
事業は「預かりもの」
p69
社会への貢献と利益
p69
綱領・信条の制定
p69
厳しい追求
p69
八 不況下の積極経営
p74
積極的な事業拡張
p74
不況下の人材充実
p74
恐慌
p74
従業員は解雇しない
p74
不況の打開と「初荷」
p74
体験と従業員訓練
p74
積極経営の伝統
p74
積極的な経済観
p74
九 ラジオの発売と共存共栄
p80
故障のないラジオを
p80
ラジオメーカーと提携
p80
電器店で売れるラジオを
p80
自力でラジオを開発
p80
適正価格と共存共栄
p80
業界への貢献と特許の無償公開
p80
共存共栄の理念
p80
一〇 乾電池分野へ進出
p88
小森乾電池を専属工場に
p88
積極的な増産方針
p88
全国の家庭に
p88
乾電池を直営事業に
p88
製品の大衆化
p88
一一 事業の使命を自覚
p93
業容の拡大
p93
事業の使命を自覚
p93
第一回創業記念式
p93
貧乏の克服が使命
p93
水のように豊富に
p93
使命達成の方途
p93
真の創業
p93
所感発表
p93
豊かな社会の建設へ
p93
建設と発展の時代 昭和八年―十二年(一九三三―一九三七年)
p107
一 門真地区へ本拠を移す
p107
門真に本店と工場群を
p107
信用の範囲内で拡張
p107
躍進と崩壊の分岐点
p107
移転の意義
p107
松下電器歴史館
p107
二 事業部制を始める
p111
事業部制組織を採用
p111
事業部制を始めた理由
p111
事業を伸ばし人を育てる
p111
全員が経営意識を
p111
三 朝会・夕会と「七精神」
p115
朝会・夕会と社歌
p115
「五精神」の制定と意義
p115
伝統的な指導精神「七精神」
p115
四 人材の育成
p119
若い店員に責任を
p119
店員養成所を新設
p119
正しい常識を養う
p119
店内居住制度と元服式
p119
週休制
p119
強く要求すること
p119
五 新事業分野と海外市場への進出
p124
モートルの事業化
p124
蓄電池の事業化
p124
電球の事業化
p124
多くの新分野に進出
p124
海外進出の本格化
p124
所得を事業の拡張に
p124
全員の参加によって
p124
六 正価販売と連盟店制度を始める
p129
正価販売運動を始める
p129
共存共栄のために
p129
連盟店制度
p129
密接な連帯関係
p129
七 電気器具の代表的メーカーに
p136
株式会社に改組
p136
経営内容公開のため
p136
分社制
p136
一商人の自覚を
p136
戦争の時代 昭和十二年―二十年(一九三七―一九四五年)
p145
一 軍需生産と事業のあり方
p145
日華事変と国家総動員
p145
軍需品の受注
p145
経営の心得
p145
経済の心得
p145
社員指導及び各自の心得
p145
二 民需生産と優良品製作総動員運動
p150
民需生産の統制強化
p150
優良品製作総動員運動
p150
品質劣化防止の通達
p150
歩一会大運動会
p150
テレビ公開実験
p150
三 太平洋戦争と軍需生産
p154
軍需中心の生産体制に
p154
軍需生産移行の困難
p154
本来の事業分野
p154
四 木造船と飛行機の生産
p157
造船を流れ作業で
p157
飛行機の生産
p157
進空式での社主挨拶
p157
分野外事業への反省
p157
五 外地事業の運営
p161
松下電業上海工場
p161
ジャワ工場
p161
マニラ工場の悲劇
p161
朝鮮・満州等への進出
p161
六 従業員指導と生産増強
p163
「強い要求者」
p163
陣頭指揮
p163
「事業は歓喜なり」
p163
前年度の二倍の生産
p163
社内演芸大会と厚生活動
p163
松下病院の建設
p163
七 事業の統合と製造所制組織
p166
人員・資材の集中を
p166
分社合併と製造所制
p166
工場六七、従業員二万四、〇〇〇人
p166
八 拡張の反省と敗戦
p169
拡張の反省
p169
空襲始まる
p169
反省謙虚の力行
p169
太平洋戦争終わる
p169
戦後苦難の時代 昭和二十年―二十五年(一九四五―一九五〇年)
p177
一 終戦と民需生産再開
p177
終戦と再出発声明
p177
松下電器の進むべき道
p177
GHQの生産停止命令
p177
民需生産再開
p177
当時の生産品目
p177
二 高賃金・高能率と専門細分化
p182
戦後経営の新方針
p182
高賃金・高能率
p182
事業の専門細分化
p182
理想を信念として
p182
三 技術向上の方針
p186
技術高揚運動
p186
魂の入った製品を
p186
四 労働組合の誕生
p189
労働組合誕生と社主の祝辞
p189
真理は一つ
p189
歩一会の解散
p189
五 PHP研究所を創立
p191
戦後の混乱
p191
正常な社会に
p191
繁栄によって平和と幸福を
p191
PHP研究所の活動
p191
六 財閥指定に抗議
p195
制限会社と財閥の指定
p195
「松下は財閥ではない」
p195
四年間に五〇回の抗議
p195
指定の解除
p195
七 社主、追放指定を受ける
p198
社主の追放指定
p198
社主追放解除運動起こる
p198
追放指定の解除
p198
「何が正しいか」
p198
八 松下電器解体の危機
p200
子会社三二社の分離
p200
子会社の苦難
p200
松下電器解体の危機
p200
情勢の緩和と指定解除
p200
九 デフレ経済下の苦難
p203
金融引締めと資金難
p203
赤字経営解消の決意
p203
事業の整理と生産の合理化
p203
販売網との連携を強化
p203
営業所網の充実
p203
一〇 再建の基礎を固める
p208
事業部制復活
p208
事業の再整理
p208
画期的な販売会社制度
p208
再建の基礎固まる
p208
新しい建設の時代 昭和二十五年―三十年(一九五〇―一九五五年)
p217
一 再建、急速に進む
p217
朝鮮事変と再建声明
p217
業績好転と復配
p217
電化の時代に備えて
p217
二 海外に目を向ける
p220
新しく開業する心構え
p220
社長、初めて渡米
p220
社長のアメリカ観
p220
専門細分化に確信
p220
三 フィリップス社と提携
p223
フィリップス社と提携を交渉
p223
技術援助料と経営指導料
p223
提携の調印
p223
松下電子工業の誕生
p223
輸出再開と松下電器貿易
p223
ニューヨーク出張所
p223
四 技術と設備の革新
p229
中央研究所の建設
p229
機械製作工場新設の意味
p229
「資金の許す限り設備を新鋭化」
p229
外国メーカーの進出を迎える
p229
松下独自の技術で
p229
五 販売網の強化
p233
細分化と総合調整
p233
ラジオ民間放送と月賦販売会社
p233
販売網の細分化
p233
自転車業界へ復帰
p233
「厚利多売」の方針
p233
強力な販売網
p233
六 新しい電化製品の登場
p238
洗濯機の発売
p238
テレビの発売
p238
冷蔵庫の発売
p238
ラジオと「民放ブーム」
p238
三年間に五〇以上の新製品
p238
専門細分化で一〇事業部に
p238
松下電工との連携復活
p238
七 好調下の引き締めと本部制機構の採用
p243
経営引締めの方針
p243
第二次再建へ
p243
本部制機構の採用
p243
衆知を集める経営
p243
八 創業三十五周年を迎える
p247
三十五周年行事を延期
p247
記念行事延期の理由
p247
創業記念式と記念行事
p247
人事施策と福祉の向上
p247
どこまで大きくするか
p247
飛躍的発展の時代 昭和三十一年―三十六年(一九五六―一九六一年)
p257
一 松下電器五ヵ年計画を発表
p257
五ヵ年計画の発表
p257
儲ける義務
p257
必ず実現できる
p257
大衆との「見えざる契約」
p257
発展を導く軌道
p257
二 世界的水準の工場群建設と専門細分化
p262
オートメーション工場建設
p262
テレビ、ラジオの工場と細分化
p262
電池部門の新工場
p262
洗濯機、冷蔵庫の工場と細分化
p262
モートル等の工場と細分化
p262
新工場を独立採算で
p262
世界各国の知名人を迎える
p262
「完全で美しい」
p262
三 松下電器グループの成長
p270
松下電器グループの成長
p270
新しい事業分野
p270
相手を生かす経営参加
p270
経営の価値
p270
四 販売の正常化と新しい販売施策
p275
百貨店の乱売問題起こる
p275
販売店の自主性を
p275
新しい販売施策
p275
「共同の畑を肥やそう」
p275
業界全体のために
p275
営業所の改築と電化センター
p275
五 電化ブーム
p281
爆発的なブーム
p281
新しい電化製品群
p281
生活革命から高度成長へ
p281
六 輸出の本格化
p284
松下電器貿易への要望
p284
期待に答えよ
p284
アメリカ松下と輸出体制
p284
輸出でもトップメーカーに
p284
七 経営機構を充実
p287
細分化と本部機構拡充
p287
三役合議制
p287
三役合議で即決する
p287
新本社の建設
p287
八 全員一体の体制を堅持
p289
正しい価値判断を
p289
労組の協力で全体の調和を
p289
厚生保健施設の充実
p289
週五日制の計画発表
p289
九 五ヵ年計画の達成と会長就任
p293
計画を達成、年一、〇五〇億に
p293
業界発展の刺激に
p293
業容拡大への反省
p293
自主独立の精神を
p293
会長就任発表
p293
会長就任の動機
p293
責任を感じること
p293
世界的躍進の時代 昭和三十六年―四十三年(一九六一―一九六八年)
p309
一 世界に伸びる経営
p309
全世界を対象に
p309
海外生産会社の建設
p309
技術と製品の輸出
p309
海外販売網の建設
p309
出血輸出をしない方針
p309
世界に紹介される経営理念
p309
外国の元首・首相等の来訪
p309
海外経営局を設置
p309
認められた成果
p309
二 技術も世界的なレベルに
p316
研究の専門細分化と新中央研究所
p316
研究開発の成果上がる
p316
国際的な評価高まる
p316
日本製品のイメージを変える
p316
三 新事業分野の開拓
p320
産業用機器部門の成長
p320
機器・特品営業部門の新設
p320
四万七〇〇〇の品種
p320
地方生産会社の建設
p320
一歩一歩の経営
p320
四 サービスと宣伝PR活動
p326
サービスの向上
p326
ナショナル学園と販売研修所
p326
社会のためになる宣伝を
p326
宣伝をする義務
p326
五 高度成長下の反省と新販売体制
p330
松下会長の警告
p330
需要停滞と業績悪化
p330
販売会社の経営悪化と熱海会談
p330
松下会長の営業本部長代行
p330
自らの力で苦境打開を
p330
新販売体制
p330
松下電器内部の反省
p330
反対を賛成に
p330
六 ヒット製品開発と新販売体制の成功
p339
松下電器に強い要求を
p339
ヒット製品の集中的な発売
p339
共存共栄の成果上がる
p339
仕入先との共存共栄も
p339
天馬往空の像
p339
七 週五日制と仕事別賃金制
p343
週五日制の発足
p343
週五日制でさらに発展を
p343
従業員の向上のために
p343
福祉の増進
p343
画期的な仕事別賃金制
p343
「高賃金・高能率」の将来
p343
八 世界の優良会社を目ざして
p348
三大目標の発表
p348
欧州を抜く経営と賃金を
p348
社会的な責任
p348
反省から躍進へ
p348
衆知を集めて目標達成へ
p348
九 創業五十周年を迎えて
p354
五〇年の体験
p354
昭和維新の心構え
p354
足もとを固めて
p354
無限に繁栄する要素
p354
世界の人々と共存共栄を
p354
資料
巻末
年表
巻末
索引リスト