※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治14年(1881) | - | 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問。東京大学より文学部「日本財政論」の講師を嘱託される。〔41歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 小泉取締役(副頭取任期満了)が欧米へ出張、随員日原昌造をロンドンに残して出張所の開設に当たらせる | 正金の歩み | |
2月16日 | 大蔵省権少書記官神鞭知常が管理掛に任命される | 正金の歩み | |
6月22日 | 上海方面為替事情など取調のため行員伊藤詮一郎を派遣 | 正金の歩み | |
7月 | 御用外国荷為替資金のため100万円増し預入 | 正金の歩み | |
9月 | 別段預金運転規程に代え外国荷為替資本預金運転規程令達 | 正金の歩み | |
10月12日 | 国会開設の詔諭 | 内外の出来事 | |
10月21日 | 大隈参議失脚に伴ない佐野大蔵卿辞任、後任松方正義 | 内外の出来事 | |
10月27日 | 大蔵省権大書記官富田鉄之助が正金管理掛に任命される | 正金の歩み | |
11月 | 松方大蔵卿が正金の改革につき内示 | 正金の歩み | |
11月 | 戸次大蔵省正金管理掛依願免官 | 正金の歩み | |
明治15年(1882) | - | 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。千代夫人死去。〔42歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 管理官制廃止、河瀬秀治・村田一郎を官選取締役に任命 | 正金の歩み | |
1月 | 小野取締役が副頭取に当選、本店支配人兼務 | 正金の歩み | |
2月 | 外国為替資本預金運転規程に代え、外国為替金取扱規程令達 | 正金の歩み | |
3月11日 | 外国為替取組に当たり“横浜ガゼット”所載相場の採用を取締会で議決 | 正金の歩み | |
3月 | 立憲改進党結党、総理に大隈重信 | 内外の出来事 | |
5月 | リヨン・パリへ出張員川島忠之助、メルボルン・シドニーへ同高木貞作、ニューヨークへ同戸次兵吉を派遣 | 正金の歩み | |
5月 | 広業商会上海支店支配人に同地出張員代理委嘱 | 正金の歩み | |
5月 | 独墺伊の三国同盟成立 | 内外の出来事 | |
6月 | 河瀬官選取締役辞任 | 正金の歩み | |
6月 | 東京馬車鉄道、新橋・日本橋間開通 | 内外の出来事 |