キッコーマン醤油(株)『キッコーマン醤油史』(1968.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
文政4年(1821) - 茂木房五郎、茂木七郎右衛門家より分家、茂木房五郎家を興こし、醤油醸造を始める 創立前年表
文政5年(1822) - 初代茂木房五郎、自業を廃し茂木七郎右衛門家の後見となる 創立前年表
- 茂木勇右衛門、茂木七左衛門家より分家、醤油醸造を始める 創立前年表
- 河野権兵衛、梅郷村今上で醤油醸造を始める 創立前年表
文政6年(1823) - 初代茂木房五郎、琴平神社再建 創立前年表
文政12年(1829) - 二十四代高梨兵左衛門、幕府御両丸御用となる 創立前年表
天保元年(1830) - 山下平兵衛、柏家より白木蔵を譲り受け醤油醸造を始める 創立前年表
天保3年(1832) - 野田の造家十八軒、当時の造石高二万五千五十石 創立前年表
天保7年(1836) - 大飢饉あり、造家、救恤に尽瘁する 創立前年表
- 醤油油製法所設立 創立前年表
天保9年(1838) - 亀甲万印幕府御両丸御用となる 創立前年表
弘化2年(1845) - 【渋沢栄一】この頃、父に三字教、蒙求、小学等を教わる。栄治郎と改名。〔5歳〕 渋沢関係略年譜
- 五代茂木佐平治、新道(現在万町通)を開設す 創立前年表
嘉永2年(1849) - 高梨周造、高梨兵左衛門家より分家、河野権兵衛家の工場を譲り受け醤油醸造を始める 創立前年表
嘉永6年(1853) - 飯田市郎兵衛家、醤油醸造を廃業する 創立前年表
- 五代茂木佐平治、梅郷村今上に南蔵を新築 創立前年表
安政2年(1855) - 二代茂木房五郎、飯田市郎兵衛家の工場を借り受け醤油仕込をなす 創立前年表
安政5年(1858) - 【渋沢栄一】従妹ちよ(尾高惇忠の妹)と結婚。〔18歳〕 渋沢関係略年譜
- 茂木七郎治、茂木七郎右衛門家より分家 創立前年表
文久3年(1863) - 【渋沢栄一】高崎城乗っ取り、横浜焼き討ちを企てるが、計画を中止し京都に出奔。〔23歳〕 渋沢関係略年譜
- 茂木利平、茂木佐平治家より分家、味噌醸造を始める 創立前年表
- 天狗騒動あり、野田の造家、攘夷資金五千両強要される 創立前年表
元治元年(1864) - 【渋沢栄一】一橋慶喜に仕える。篤太夫と改名。〔24歳〕 渋沢関係略年譜
- 高梨孝右衛門、高梨兵左衛門家より分家、醤油醸造を始める 創立前年表
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