日本生命保険(相)『日本生命百年史. 下巻』(1992.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
弘化2年(1845) - 【渋沢栄一】この頃、父に三字教、蒙求、小学等を教わる。栄治郎と改名。〔5歳〕 渋沢関係略年譜
- 二宮尊徳、相馬藩仕法を実施 前史 日本
1848年 - 【渋沢栄一】このころ実名を美雄とする。後に伯父渋沢誠室の命名で栄一と改める。〔13歳〕 渋沢関係略年譜
- アクチュアリー協会設立(英)//プルデンシャル社設立(1854年に簡易保険導入)(英) 前史 諸外国
嘉永6年(1853) - ペリー来航、日米和親条約調印、下田・函館開港 前史 日本
安政5年(1858) - 【渋沢栄一】従妹ちよ(尾高惇忠の妹)と結婚。〔18歳〕 渋沢関係略年譜
- 日米修好通商条約、貿易章程に調印 前史 日本
1861年 - 【渋沢栄一】春、江戸に出て、海保漁村塾・千葉栄次郎道場に学ぶ。〔21歳〕 渋沢関係略年譜
- マサチューセッツ州で不没収法制定 前史 諸外国
慶応3年(1867) - 【渋沢栄一】徳川昭武に従ってフランスへ出立(パリ万博使節団)。〔27歳〕 渋沢関係略年譜
- 福沢諭吉「西洋旅案内」刊行(近代的保険事業思想の紹介) 前史 日本
明治元年(1868) - 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、静岡で慶喜に面会。〔28歳〕 渋沢関係略年譜
- 明治と改元 前史 日本
明治3年(1870) - 【渋沢栄一】官営富岡製糸場設置主任となる。〔30歳〕 渋沢関係略年譜
- 生命保険会社法制定(英) 前史 諸外国
明治5年(1872) - 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 渋沢関係略年譜
- 国立銀行条例制定 前史 日本
明治6年(1873) - 【渋沢栄一】大蔵省を辞める。第一国立銀行開業・総監役。抄紙会社創立(後に王子製紙会社・取締役会長)。〔33歳〕 渋沢関係略年譜
- 内外用達会社設立(最初に外国保険会社の代理業を行う)//第一国立銀行設立 前史 日本
明治7年(1874) - 【渋沢栄一】東京府知事より共有金取締を嘱託される。〔34歳〕 渋沢関係略年譜
- 丸屋商社、死亡請合制度を実施 前史 日本
明治8年(1875) - 【渋沢栄一】第一国立銀行頭取。商法講習所創立。東京会議所会頭。〔35歳〕 渋沢関係略年譜
- プルデンシャル友愛組合設立(米国に簡易保険導入) 前史 諸外国
明治9年(1876) - 【渋沢栄一】東京府瓦斯局事務長。東京養育院院長。〔36歳〕 渋沢関係略年譜
- 多賀教会講社結成認可//多賀教会講社規約を制定 前史 日本
明治10年(1877) - 【渋沢栄一】択善会創立(後に東京銀行集会所・会長)。王子西ヶ原に別荘を建てはじめる。〔37歳〕 渋沢関係略年譜
- 第一国立銀行、海上請合事業開始//第十三国立銀行設立 前史 日本
明治11年(1878) - 【渋沢栄一】東京商法会議所創立・会頭(後に東京商業会議所・会頭)。〔38歳〕 渋沢関係略年譜
- 大阪商法会議所設立(現大阪商工会議所)//第三十二国立銀行設立//第三十四国立銀行設立//第四十二国立銀行設立 前史 日本
明治12年(1879) - 【渋沢栄一】東京海上保険会社創立。グラント将軍(元第18代米国大統領)歓迎会(東京接待委員長)。〔39歳〕 渋沢関係略年譜
- 東京海上保険会社設立//第百三十六国立銀行設立//第百二十一国立銀行設立//第百三十三国立銀行設立//第百四十八国立銀行設立 前史 日本
明治13年(1880) - 【渋沢栄一】博愛社創立・社員(後に日本赤十字社・常議員)。〔40歳〕 渋沢関係略年譜
- 日東保生会社設立認可//安田善次郎、共済五百名社設立//福沢諭吉「民間経済録 二編」刊行 前史 日本
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問 〔41歳〕 渋沢関係略年譜
- 有限明治生命保険会社設立 前史 日本
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。ちよ夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
- 相互救済組合交援会を結成//日本銀行開業 前史 日本
明治21年(1888) - 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 渋沢関係略年譜
- 帝国生命保険会社設立 前史 日本
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