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(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
| 年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
|---|---|---|---|
| 昭和6年(1931) | - | 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。11月11日永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
| 7月10日 | 保険銀行時報社第廿七回統計号発行○信託協会関西支部関西信託協会楼上に役員会開催、生保信託案に付き協議、一、手続書式の一定、一、保険契約の解除、変更に際しては信託会社の承諾を必要とする旨の条項挿入一、生保信託手数料と業務方法書の関係に就き大蔵当局の諒解を得ること、以上の希望条件決議 | 生命保険関係年表 | |
| 7月20日 | 横浜生命東京日本橋区江戸橋一丁目に移転 | 生命保険関係年表 | |
| 7月31日 | 保険募集取締規則商工省令第七号を以て公布、八月十五日より実施 | 生命保険関係年表 | |
| 7月 | 是月、児玉政介著「健康保険の研究」保険土曜会編「昭和六年版生命保険年報」「自昭和元年度至昭和五年度保険要攬」理学士杉浦徳次郎著「保険数学」各刊行○国産振興北海道拓殖博覧会(札幌)及小樽海港博覧会に両地生保会社協同宣伝保険館設置 | 生命保険関係年表 | |
| 8月4日 | 是日より六日間簡易保険局にて小児保険講習会開催 | 生命保険関係年表 | |
| 8月6日 | 是日より商工省保険部全国各地に於て保険募集取締規則に関し講演を行ふ | 生命保険関係年表 | |
| 8月11日 | 信託会社側より保険信託引受申合せの新規約を生保協会に提示、九月一日より実施決定 | 生命保険関係年表 | |
| 8月12日 | 生保協会にて保険募集取締規則に関する質疑応答会開催、玉木専務理事各社代表、大塚保険部長外部員出席 | 生命保険関係年表 | |
| 8月15日 | 三井生命最高保険契約額五万円より十万円に引上げ認可、即日実施 | 生命保険関係年表 | |
| 8月18日 | 逓信省令第三九号(簡易生命保険規則中改正の件)公布 | 生命保険関係年表 | |
| 8月23日 | 日華生命河合尊務下阪、福徳生命経営者松方、川崎(神戸)両家代表と会合、同社買収仮調印を行ふ | 生命保険関係年表 | |
| 8月 | 是月、日華生命無料健康相談所新設○生保協会、募集取締規則説明要綱を印刷関係各方面に配布○岩瀬茂夫著「保険募集取締規則義解」東洋経済新報社「生命保険会社の批判」生保協会編「保険国営に関する参考資料」刊行 | 生命保険関係年表 | |
| 9月11日 | 生保協会宣伝部委員会開催、生命保険信託の宣伝方法協議 | 生命保険関係年表 | |
| 9月16日 | 逓信省令第四二号(簡易生命保険国体特別取扱規則中改正の件)公布 | 生命保険関係年表 | |
| 9月18日 | 満洲事変勃発、現在支那に於ける我生保会社の総契約高は一億円程度、大部分は在支邦人なれど邦人死傷者僅少 | 生命保険関係年表 | |
| 9月23日 | 日華生命の福徳生命買収は同社株二万株の約三割を日華、四割を川崎家が保持することを条件に正式認可下る | 生命保険関係年表 | |
| 9月25日 | 福徳生命社長松方正雄、専務有村丈次郎、取締役岩倉道倶、黒木三次辞職 | 生命保険関係年表 | |
| 9月28日 | 京橋区銀座三丁目の第一徴兵、蓬莱生命の新社屋落成祝賀式 | 生命保険関係年表 | |
| 9月 | 是月、簡易保険の被保険者福祉増進施設として簡易実費診療所設置計画、本年末の議会に予算提出の筈○簡易保険局、団体特別取扱規則を改正、保険料を併合払込となすことにより保険料徴収事務の簡易化を計り、保険料の百分の五を割引することゝす(十六日の項参照)○社会保険部編「改訂増補健康保険組合事務取扱例規集」前田渡著「新時代の保険人必携」児玉政介著「社会保険論叢」黒川寿雄著「保険料の集め方」太田雅市著「全保険会社事業成績批判録」本城俊明著「生命保険会社の研究(会社研究第二八冊)」本城俊明著「昭和六年版生命保険会社読本」刊行○生保信託宣伝の為め信託協会「生命保険信託の栞」なるパンフレット作成関係各方面へ配布 | 生命保険関係年表 | |
| 10月1日 | 小児保険実施、東京中央放送局にて「小児保険の夕」を催す○簡易保険金削減期間を二年より一年半に短縮 | 生命保険関係年表 |
