明治生命保険(株)『明治生命保険株式会社六十年史』(1942.12)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治28年(1895) - 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。〔55歳〕 渋沢関係略年譜
11月25日 本社初代診査医長印東玄得死去
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
1月23日 第十五次株主総会開催
11月10日 明治二十六年の定款変更に依り毎四年決算を第四期(自明治二十六年七月十日至明治三十年七月九日)以後廃し毎年度決算に改むる事を取締役会に於て決議
明治30年(1897) - 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業(後に澁澤倉庫会社・発起人)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設 〔57歳〕 渋沢関係略年譜
1月23日 第十六次株主総会開催 監査役肥田昭作辞任、小幡篤次郎監査役に就任
6月10日 二十七、八年戦役の際軍用品献納により木杯壱組下賜さる
7月9日 利益分配附保険契約に対し第四期配当(利益分配無保険料との差額に年一割の割合による元利合計)実施
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)〔58歳〕 渋沢関係略年譜
1月24日 第十七次株主総会開催
3月25日 岡山支店を岡山市西中山下百五十一番邸に設置
4月15日 名古屋支店を名古屋市栄町七丁目三、四番地に設置
4月23日 金沢支店を金沢市尾張町二十六番地に設置
6月21日 福岡支店を福岡市博多中島町七十九番地に設置
8月28日 仙台支店を仙台市大町五丁目十番地に設置
9月13日 保険証券担保貸付金の限度を百円以上とす
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
1月23日 第十八次株主総会開催
1月31日 福岡支店を福岡市博多中島町七十七番地に移転
5月1日 京都支店を京都市下京区三条通麩屋町西入弁慶石町二番戸に設置
7月3日 臨時株主総会開催 六月十六日より実施の商法規定に従い定款変更を議決、同月六日右定款変更申請、九月八日認可
8月26日 改正商法実施の結果支店支配人を支店長と改称
10月10日 本店副支配人を廃し(本店支配人は明治二十七年以来空席)新に幹事の職名を設く
11月4日 社員奥村英夫保険学研究の為横浜出帆これ我社最初の留学生なり
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