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(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
| 年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
|---|---|---|---|
| 明治40年(1907) | - | 【渋沢栄一】帝国劇場会社創立・取締役会長。品川白煉瓦株式会社相談役。日清汽船株式会社創立、取締役。日本皮革株式会社創立、相談役。合資会社沖商会有限責任社員・監査役。帝国製麻株式会社創立、相談役。東明火災海上保険株式会社創立、取締役。〔67歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| - | 安川敬一郎豊国炭坑を譲受く | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | 九州鉄道国有となる | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | (撫順炭坑大拡張の企あり三菱鯰田炭坑長工学博士松田武一郎を技師長として聘用す) | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | (足尾、別子の両銅山に鉱夫の暴挙あり兵力を以て之を鎮む、生野鉱山及幌内、第二夕張等の炭山亦不穏の兆ありしも大事に至らずして止む) | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | 七月九州鉄道官有となる | 本会の事績 | |
| - | 直方高等女学校創立費中に寄附 | 本会の事績 | |
| 明治41年(1908) | - | 【渋沢栄一】日韓瓦斯株式会社創立、取締役会長。帝国商業銀行相談役。東洋拓殖株式会社設立委員。木曾興業株式会社創立、相談役。アメリカ太平洋沿岸商業会議所代表委員一行を飛鳥山邸(曖依村荘)に招待。〔68歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| - | 安川敬一郎等明治鉱業株式合資会社を組織し明治、赤池、豊国の三炭坑を経営し、始めて鉱夫年功慰労金制度―退職手当金制度を実施す | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | 室木線開通す | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | 四月二十六日遠賀川改修起工式を行ふ。(四月一日三池開港) | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | 四月遠賀川改修工事起工式行はる | 本会の事績 | |
| - | 十一月若松石炭商同業組合と沈没炭利益金共同積立金処分規定を定め利益金は若松港内船舶出入の便に資する諸設備若松築港株式会社責任以外の工事費等に支出し決算残金は両組合の共有として積立て協議の上公共事業に投することゝす | 本会の事績 | |
| 明治42年(1909) | - | 【渋沢栄一】古稀に際し多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 | 渋沢関係略年譜 |
| - | 三井伊田竪坑着炭す | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | 豊国炭坑第二坑開鑿起工す | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | 三菱鯰田炭坑専用運炭電車を運転す | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | 貝島鉱業合名会社組織を株式に改む | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | 十一月大之浦桐野第二坑瓦斯爆発の為め二百四十三人の殉職者を生じ御救恤金の下賜あり日根野侍従を差遣せらる | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | (十二月撫順炭坑大山坑着炭す) | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) | |
| - | 六月本会々議所敷地として直方町御舘山六百九十二番地ノ四外一反二畝十五歩を買収す | 本会の事績 | |
| - | 四月明治専門学校設立さる | 本会の事績 | |
| 明治43年(1910) | - | 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
| - | 十月三菱合資会社金田炭坑を買収す | 筑豊炭業の発達 重要事項 (参考事項) |
