※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治21年(1888) | - | 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に札幌麦酒株式会社取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)の新邸に転居。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 米商会所税大減税、米の千分の2を株式の万分の6と同率となる。中村道太頭取の功績大 | 東京米穀商品取引所略年史 | |
明治22年(1889) | - | 【渋沢栄一】石川島造船所創立・委員(後に株式会社東京石川島造船所取締役会長)。門司築港会社創立・相談役。田川採炭株式会社創立・相談役。三重紡績株式会社相談役。北海道炭礦鉄道会社常議員〔49歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
2月11日 | 大日本帝国憲法発布 | 米穀等関連事項 | |
5月 | 兜町正米市場、蠣殻町に移す | 東京米穀商品取引所略年史 | |
9月11日 | 暴風雨本州縦断、被害甚大、死者890人 | 米穀等関連事項 | |
9月27日 | 地租代米納廃止を公布 | 米穀等関連事項 | |
10月13日 | 富山県魚津で米騒動、以後各地で天候不順・暴風雨による凶作、米価騰貴で農民騒擾増加 | 米穀等関連事項 | |
- | 凶作による物価騰貴を契機として企業計画に破綻を生じ、物価・株式の下落始まる、日本最初の経済恐慌(1890年恐慌)の始まり | 米穀等関連事項 | |
明治23年(1890) | - | 【渋沢栄一】貴族院議員に任ぜられる。三本木渋沢農場開墾開始。〔50歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月18日 | 昨年来米価騰貴、富山で窮民300人が市役所に押しかけ、米騒動始まる。以後新潟・富山・福井・石川・山口・鳥取・広島・滋賀・京都など各地に拡大 | 米穀等関連事項 | |
3月 | 備荒儲蓄法損失多く廃止 | 東京米穀商品取引所略年史 | |
5月 | 銀行集会所と株式取引所、蠣殻町の米商会所の間で電話の試験通話開始 | 東京米穀商品取引所略年史 | |
5月 | 米価騰貴(前年の約2倍)、東京・大阪でも窮民増加、東京では餓死者発生 | 米穀等関連事項 | |
6月 | 米価、石当り10円台突破、10円85銭となる('88年6月4円56銭、'89年末8円7銭)。 | 米穀等関連事項 | |
明治24年(1891) | - | 【渋沢栄一】日本製帽会社相談役。東京交換所創立・委員長。東京商業会議所会頭。〔51歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
6月29日 | 政府当局は、仲買身元保証金及び売買保証金私消嫌疑で頭取中村道太を拘束、東京米商会所を営業停止(~7月12日) | 東京米穀商品取引所略年史 | |
- | 東京米商会所第九代頭取米倉一平就任 | 東京米穀商品取引所略年史 | |
明治25年(1892) | - | 【渋沢栄一】株式会社東京貯蓄銀行創立・取締役(後に取締役会長)。元日本製帽を買収し東京帽子株式会社設立・取締役会長。〔52歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月10日 | 神田に大火、焼失4100戸 | 米穀等関連事項 | |
明治26年(1893) | - | 【渋沢栄一】喜賓会創立・幹事長。東京人造肥料株式会社取締役会長。株式会社東京石川島造船所取締役会長。王子製紙株式会社取締役会長。帝国ホテル株式会社取締役会長。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 取引所法発布、10月1日施行(米商会所条例、株式取引所条例、取引所条例は廃止)。(以後、取引所乱設)第一次取引所税法発布。旧来(明治21年)と異ならず | 東京米穀商品取引所略年史 | |
9月 | 農商務省、東京、京都、大阪堂島、新潟、桑名、名古屋、金沢、近江、酒田、高岡、赤間関、徳島の12米商会所と、東京、大阪、京都の3株式取引所を取引所法による株式組織に改組 | 東京米穀商品取引所略年史 | |
10月1日 | (株)東京米穀取引所として発足。資本金10万円、初代理事長米倉一平就任 | 東京米穀商品取引所略年史 | |
明治27年(1894) | - | 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。 | 渋沢関係略年譜 |
8月1日 | 清国に宣戦布告(日清戦争) | 米穀等関連事項 | |
8月 | 日清戦争 東京米穀取引所、米価高騰のため再三立会停止、解合 | 東京米穀商品取引所略年史 |