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(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
| 年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
|---|---|---|---|
| 平成3年(1991) | - | 【渋沢史料館】特別展「岩倉使節団からの手紙」開催。 | 渋沢関係略年譜 |
| - | ●東京都庁が丸の内から新宿に移転 | ||
| - | ●バブル崩壊から経済低迷 | ||
| - | ●横綱・千代の富士引退、大相撲は若貴時代へ | ||
| 平成4年(1992) | - | 【竜門社】曖依村荘全敷地の残り3分の1を売却する。 | 渋沢関係略年譜 |
| 1月 | 一清商事と清和エイブルが合併。//子会社の一清商事株式会社と株式会社清和エイブルを合併し、新商号を株式会社清和エイブルとした。資本金は、増資払い込み360万円を含めて1,000万円。 | 清和綜合建物の50年 | |
| 10月 | 「都立大清和ビル」が竣工。//東京都目黒区平町1丁目の土地と建築中の建物を2月に購入。8カ月後、「都立大清和ビル」として竣工した。鉄筋コンクリート造、地上4階・地下1階建てで、第一勧業銀行都立大学駅前支店へ賃貸。延床面積は1,019平方メートル。 | 清和綜合建物の50年 | |
| 10月 | 佐倉市の「イーストタワー」の1室を共同購入。//千葉県佐倉市ユーカリが丘4丁目の「スカイプラザ・ユーカリが丘イーストタワー」の1室を共同購入した。31階建てビルのうち、31階居住部分の3102号室。床面積は211平方メートルで、清和興業の共有持分は14%。その他、中央不動産が16%、有終会(現・ユウシュウコープ)と名古屋ビルディングがそれぞれ14%など。 | 清和綜合建物の50年 | |
| - | ●新借地借家法が施行 | ||
| - | ●国連平和維持活動(PKO)法が成立 | ||
| - | ●有効求人倍率が1.0を下回り、就職氷河期へ | ||
| 平成5年(1993) | - | 【渋沢史料館】史料館新館の基本構想をまとめる。 | 渋沢関係略年譜 |
| 3月 | 甲南寮跡の土地を売却。//兵庫県芦屋市呉川町の元・第一勧業銀行甲南寮跡の土地を、芦屋市の要請に応じて売却した。土地面積は7,025平方メートル。 | 清和綜合建物の50年 | |
| 3月 | 清和園の土地・建物を購入。//1928((大正3)年から元第一銀行が運動場として所有していた、東京都世田谷区瀬田1丁目の「清和園」の土地・建物の一部を購入した。第一勧業銀行所有のテニスコートの土地と建物で、土地はその約半分の4,023平方メートルを購入。建物としては更衣室・物置・管理事務所を購入。2年以内に関連事業部と長期活用策を検討することとなり、その間、テニスコートは第一勧業銀行に賃貸することに。 | 清和綜合建物の50年 | |
| 4月 | 「ビルの営業・管理マニュアル」を発行。//ビル管理に関する清和グループの統一的な考え方・手法を示すため、「ビルの営業・管理マニュアル」の「建物・設備管理編」を発行した。ビル賃貸管理事業の歴史と経験を踏まえて、事務企画部と業務部が執筆を担当。その後、同マニュアルの「管理事務編」「収益管理編」「ビル固有業務編」も発行。合計6分冊のマニュアルとなった。 | 清和綜合建物の50年 | |
| 9月 | 「鷺ノ宮ハイツ」が建て替え・竣工。//東京都中野区白鷺1丁目に「鷺ノ宮ハイツ」が竣工した。清和興業所有の寮・社宅では初めての建て替え物件。鉄筋コンクリート造、地上4階建て、2LDK14戸。延床面積は1,426平方メートル。 | 清和綜合建物の50年 | |
| 10月 | 「若林荘」が竣工。//東京都世田谷区若林3丁目に「若林荘」が竣工した。鉄筋コンクリート造、地上4階建てで、単身用18室、客室1室。延床面積は1,203平方メートル。 | 清和綜合建物の50年 | |
| - | ●サッカーJリーグ開幕 | ||
| - | ●徳仁親王(皇太子)が小和田雅子さんと結婚 | ||
| - | ●横浜ランドマークタワーが開業 | ||
| 平成6年(1994) | - | 【渋沢史料館】史料館新館の基本設計完成。渋沢研究会第2回シンポジウム開催。 | 渋沢関係略年譜 |
| 1月 | 「淀屋橋センタービル」へプロジェクトチーム設置。//第一勧業銀行の元高麗橋支店跡地の開発を検討するプロジェクト・チーム(KPT)を本社内に設置した。チーフは滝努常務取締役。KPTは、丸の内ゼウスが同跡地で朝日生命と共同で進める新規オフィスビル事業を支援することになり、そこから「淀屋橋センタービル」の開発へとつながっていく。 | 清和綜合建物の50年 | |
| 3月 | 仙台錦ヶ丘土地を共同購入。//仙台市青葉区錦ヶ丘1丁目の土地7,972平方メートルを共同購入した。清和興業の共有持分は16%、その他、ユウシュウコープ・第一地所(現・中央不動産)・日比谷ビルディング(現・清和綜合建物)などが15%。 | 清和綜合建物の50年 | |
| 4月 | 「清栄エステート」を設立。//KPTが支援する丸の内ゼウスに対して、増資払込により資本金を50億円に増資。それを機に同社は商号を「株式会社清栄エステート」に改称、清和興業の関係会社として新たに発足することになった。取締役社長は清和興業の河田豊社長が兼務。清栄エステートが中心となり、「大阪淀屋橋センタービル」の建設に着手。 | 清和綜合建物の50年 |
