同和鉱業(株)『七十年之回顧』(1955.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治21年(1888) - 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 渋沢関係略年譜
- 鉱山関係諸規則を制定
- 小坂 黒鉱製錬〔金銀採収〕試験を開始
明治22年(1889) - 【渋沢栄一】東京石川島造船所創立・委員(後に取締役会長)。門司築港会社創立・相談役。田川採炭株式会社創立・相談役。三重紡績株式会社相談役。北海道炭礦鉄道会社常議員〔49歳〕 渋沢関係略年譜
1月 資本金二〇万円を五〇万円に増資
10月 小坂//黒鉱より湿式電解法による亜鉛製錬の研究を始める
12月 市ノ川鉱山を政府へ返還
- 児島湾干拓許可、岡山出張所を設置
明治23年(1890) - 【渋沢栄一】貴族院議員に任ぜられる。三本木渋沢農場開墾開始。〔50歳〕 渋沢関係略年譜
4月 花岡//旧観音堂坑開坑
明治24年(1891) - 【渋沢栄一】日本製帽会社相談役。東京交換所創立・委員長。東京商業会議所会頭。〔51歳〕 渋沢関係略年譜
1月 毛利家〔旧長州藩主〕より融資を受け、その監督下に入る
- 花岡//全面的に休山
明治26年(1893) - 【渋沢栄一】喜賓会創立、幹事長。東京人造肥料株式会社取締役会長。株式会社東京石川島造船所取締役会長。王子製紙株式会社取締役会長。帝国ホテル株式会社取締役会長。〔53歳〕 渋沢関係略年譜
4月 柵原//日下部虎治、久木含銅硫化鉄鉱床を発見
12月11日 合名会社藤田組〔資本金六〇万円・社長藤田伝三郎〕設立
明治27年(1894) - 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。〔54歳〕 渋沢関係略年譜
3月 小坂//用水工事〔砂子沢川~元山間〕に着手
4月 本店を北区堂島北町一八〇へ移転
- 柵原//下谷〔柵原〕鉱区を発見
明治28年(1895) - 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。〔55歳〕 渋沢関係略年譜
6月 小坂//小規模な亜鉛電錬を開始
8月 小坂//藤田伝三郎社長来山、視察(~9月)
11月1日 小坂//銚子第一発電所起工
- 本山彦一、支配人に就任
- 柵原//休石鉱床を発見
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
3月8日 取締藤田鹿太郎死去 嗣子小太郎相続、取締に就任(四・一八)
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