同和鉱業(株)『七十年之回顧』(1955.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
3月 小坂//用水工事完成
10月8日 台湾瑞芳鉱山〔金〕採掘許可
10月 小坂//銀鉱のほかに銅鉱の採掘開始
- 小坂//亜鉛電錬設備を拡張
明治30年(1897) - 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業(後に澁澤倉庫会社・発起人)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設 〔57歳〕 渋沢関係略年譜
3月3日 小坂//十輪田鉱山を小笠原その他へ譲渡
4月1日 藤田平太郎、副支配人に就任
6月29日 小坂//銚子第1発電所第1号機〔一五〇K・W〕完成、運転開始
6月 小坂//坑内における水化銅採収を開始
7月 小坂//事業の縮小、所内の改革を断行
10月1日 小坂//久原房之助、所長に就任
10月 藤田平太郎を委員長とする藤田組整理委員会を設置、小坂・大森等の鉱山業を一応整理の対象とする
10月 小坂//黒鉱乾式銅製錬試験成功の端緒をつかむ
12月6日 小坂//武田恭作、技士長兼精鉱課長に就任
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)〔58歳〕 渋沢関係略年譜
1月 小坂//黒鉱乾式製錬操業開始
5月 小坂//水化銅の呼称を沈殿銅と改める
7月 小坂//亜鉛電錬操業中止
10月 小坂//製錬熔剤に珪鉱を使用し始める
- 小坂//銅電錬試験開始
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
4月 小坂//黒鉱自熔製錬試験開始、羽口炭の使用を始める
5月15日 児島湾干拓事業に着手
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