東京地下鉄道(株)『東京地下鉄道史. 乾』(1934.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正6年(1917) - 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。〔77歳〕 渋沢関係略年譜
10月 早川氏鉄道協会に於て講演す。
12月14日 早川徳治、池田龍一両氏市会巨頭連を亀沢町の偕楽園に招待し、市会の地下鉄道答申に関し懇談す。
12月25日 市參事会に於て満場一致東京軽便地下鉄道免許申請に就き五ヶ条の条件つきにて免許賛成の答申案可決す
大正7年(1918) - 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 渋沢関係略年譜
1月 早川氏外六名狩野川水力発電計画出願。
2月4日 東京府知事東京軽便地下鉄道出願書類を鉄道院に申達す。
2月 田尻稲次郎子東京市長となる。
4月 後藤内相外務大臣となり、中村是公氏鉄道院総裁となる。
5月 在外日本大公使館へ地下鉄道資料送附方依頼。
8月 東京市内外交通調査会より下調査書発表せらる。
9月 寺内内閣総辞職 原政友会内閣成立す。内務大臣床次竹二郎氏鉄道院総裁を兼任す。
10月 石丸重美氏鉄道院副総裁となる。
10月 早川徳次、池田龍一両氏床次内相、佐竹監督局長を訪ひ、地下鉄道免許につき諒解を求む。
10月 早川氏交詢社にて「東京地下鉄に就て」講演す。
10月 国民新聞地下鉄事業を大々的に報道す。
11月2日 武蔵電気鉄道上目黒、渋谷、有楽町間に地下鉄道免許を出願す。
11月15日 鉄道院佐竹監督局長、免許申請につき早川徳次氏に内示する所あり。
大正8年(1919) - 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。協調会創立・副会長。〔79歳〕 渋沢関係略年譜
1月8日 利光鶴松氏等東京高速鉄道敷設免許出願す。
1月20日 佐竹監督局長内示につき早川氏より二十名の追加発起人届出。
1月 佐竹監督局長の内示につき、東京市田村技師の東京市の地質に関する調査書提出。
2月3日 飯田義一、森恪氏等東京鉄道敷設免許出願。
PAGE TOP