東京横浜電鉄(株)『東京横浜電鉄沿革史』(1943.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治43年(1910) - 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 渋沢関係略年譜
11月8日 (武蔵電気鉄道株式会社) 本社事務所を京橋区加賀町十七番地に移す。
明治44年(1911) - 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙し瑞宝章を授与される。〔71歳〕 渋沢関係略年譜
1月9日 (武蔵電気鉄道株式会社) 幹線(渋谷-横浜間)。第一支線(調布-蒲田間)の本免許状下附さる。
3月25日 (玉川電気鉄道株式会社) 富士瓦斯紡績株式会社と電力供給の契約成立。
5月29日 (武蔵電気鉄道株式会社) 取締役村井真雄氏に代り伯爵広沢金次郎就任。監査役に佐竹作太郎、改野耕三、村井真雄、園田実徳の四氏改選就任。
6月30日 (玉川電気鉄道株式会社) 玉川村。高津村へ電灯供給の許可を得。
7月3日 (武蔵電気鉄道株式会社) 社長岡田治衛武氏辞任。取締役伯爵広沢金次郎氏就任。
8月8日 (玉川電気鉄道株式会社) 電力供給業の許可を得。
9月27日 (玉川電気鉄道株式会社) 電力供給開始。
明治45年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
5月31日 (武蔵電気鉄道株式会社) 定款改正。取締役任期三年。監査役二年。
7月25日 取締役、伯爵広沢金次郎、新海栄太郎、根津嘉一郎、小野金六、監査役、佐竹作太郎、改野耕三、村井真雄の諸氏辞任。取締役社長岡田治衛武。常務取締役別府藤馬。取締役、岩下清周、賀田金三郎、伴野乙弥、志賀直温。監査役、園田実徳、高木豊三、村井真雄の諸氏就任。
7月30日 明治大帝崩御。大正と改元。
大正元年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
10月1日 (武蔵電気鉄道株式会社) 本社を麹町区有楽町一丁目一番地に移す。
11月28日 (武蔵電気鉄道株式会社) 城南軽便鉄道敷設権譲受。資本金壹千壹百万円に増加。
大正2年(1913) - 【渋沢栄一】伯剌西爾拓植株式会社創立準備委員。日本結核予防協会創立・副会頭(後に会頭)。中国興業株式会社(後の中日実業)創立、相談役。日本実業協会創立・会長。帝国飛行協会成立、評議員。〔73歳〕 渋沢関係略年譜
3月17日 (玉川電気鉄道株式会社) 資本金を壹百万円に増加。(富士瓦斯紡績投資四拾万円)。
6月1日 (武蔵電気鉄道株式会社) 事務所を麹町区八重洲町一丁目一番地に移す。
10月2日 (玉川電気鉄道株式会社) 富士瓦斯紡績株式会社駒沢変電所竣功。水力電気購入。火力発電廃止(十一月一日以降大橋火力発電所使用中止。)
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
2月17日 (武蔵電気鉄道株式会社) 多摩川橋梁架設の詔可を得。
大正4年(1915) - 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ運河開通博覧会のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 渋沢関係略年譜
1月27日 (玉川電気鉄道株式会社) 資本金を八拾万円に減少。
3月17日 (武蔵電気鉄道株式会社) 事務所を麹町区有楽町一丁目三番地に移す。
4月2日 (玉川電気鉄道株式会社) 京王電軌へ電気供給の許可を得。
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