東京横浜電鉄(株)『東京横浜電鉄沿革史』(1943.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正11年(1922) - 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 渋沢関係略年譜
10月6日 (池上電気鉄道株式会社) 蒲田-池上間開通。
10月8日 (池上電気鉄道株式会社) 開通式挙行。
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
3月9日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 千束発電所使用開始。
3月11日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 目黒-丸子多摩川間営業開始。
5月4日 (池上電気鉄道株式会社) 池上―雪ヶ谷間営業開始。
6月27日 (田園都市株式会社) 竹田政智氏に代り市原求氏代表取締役に就任。
7月17日 (武蔵電気鉄道株式会社) 事務所を麹町区有楽町二丁目一番地に移す。
9月1日 関東大震災突発。
11月1日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 丸子多摩川-蒲田間開通。
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】日仏会館開館・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
1月1日 (田園都市株式会社) 大岡山の土地九万壹千坪を東京高等工業学校へ移譲。
3月1日 (玉川電気鉄道株式会社) 砧線開通。
3月1日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 資本金を五百万円に増加。
3月4日 (玉川電気鉄道株式会社) 相談役和田豊治氏死去。
5月1日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 株式会社多摩川園創立。
5月21日 (玉川電気鉄道株式会社) 恵比寿駅前-天現寺橋間開通。
10月7日 (武蔵電気鉄道株式会社) 前役員辞任に依り取締役に市原求、服部玄三、緒明圭造、竹田政智、矢野恒太、五島慶太、篠原三千郎、渋沢秀雄の諸氏、監査役に伊藤欣二、小林一三の荊氏就任。
10月25日 (武蔵電気鉄道株式会社) 定款改正。資本金を五百万円に増加。東京横浜電鉄株式会社と改称。同日取締役社長に矢野恒太氏。専務取締役に五島慶太氏就任。
10月25日 (目黒蒲田電鉄株式会社・旧東京横浜電鉄株式会社) 本社を荏原郡大崎町大字上大崎二三九番地に移す。
12月23日 (旧東京横浜電鉄株式会社) 渡辺利二郎氏監査役に就任。
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
1月10日 (旧東京横浜電鉄株式会社) 調布-横浜間工事区域を四区に分ち多摩川橋梁架設工事に着手。
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