東京横浜電鉄(株)『東京横浜電鉄沿革史』(1943.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
6月1日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 玉川ゴルフコース開場。
6月12日 (旧東京横浜電鉄株式会社) 監査役伊藤欣二氏死去。
12月28日 (目黒蒲田電鉄株式会社・旧東京横浜電鉄株式会社) 丹羽武朝氏監査役に就任。
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
3月31日 (旧東京横浜電鉄株式会社) 桜木町線開通。
5月1日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 駒沢ゴルフコース開場。
5月30日 (池上電気鉄道株式会社) 取締役社長中島久万吉氏辞任。後藤国彦氏代表取締役に就任。
10月1日 (目黒蒲田電鉄株式会社・旧東京横浜電鉄株式会社) 市域拡張の結果、本社所在地は東京市品川区上大崎町四丁目二三九番地と改まる。
12月27日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 小宮次郎氏取締役に就任。
昭和8年(1933) - 【竜門社】青淵先生の遺言により渋沢家から曖依村荘を受贈する。財団法人渋沢青淵翁記念会が東京・常盤橋公園に青淵先生の銅像を建てる。 渋沢関係略年譜
3月 (旧東京横浜電鉄株式会社) 渋谷駅改良、百貨店新築工事開始。
6月1日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 目蒲乗合株式会社設立。
7月10日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 池上電鉄を統制。五島慶太氏専務取締役に、篠原三千郎氏常務に、緒明圭造、小林一三、中川正左、松浦由太郎の四氏取締役に、渋沢秀雄、丹羽武朝の両氏監査役に就任。
昭和9年(1934) - 【渋沢敬三】日本民族学会理事就任。 渋沢関係略年譜
6月21日 (旧東京横浜電鉄株式会社) 丹羽武朝氏監査役辞任。
6月28日 (旧東京横浜電鉄株式会社) 丹羽武朝氏取締役に、守隨真一郎氏監査役に就任。
9月5日 東京高速鉄道株式会社設立、五島慶太氏常務取締役に就任。
10月1日 (目黒蒲田電鉄株式会社) 池上電鉄の合併実施。資本金を壹千七百拾万円に増加。
11月1日 (旧東京横浜電鉄株式会社) 東横百貨店開業。
昭和10年(1935) - 【渋沢敬三】日本女子大学評議員就任。 渋沢関係略年譜
1月17日 (旧東京横浜電鉄株式会社) 旧城南線麻布二ノ橋―広尾関の工事竣功期限延長願却下。
6月13日 (旧東京横浜電鉄株式会社) 東京観光自動車株式会社の前身富士団体貸切自動車株式会社を買収。
昭和11年(1936) - 【竜門社】第二次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。 渋沢関係略年譜
6月26日 (旧東京横浜電鉄株式会社) 東横乗合株式会社の合併決定。
8月24日 (旧東京横浜電鉄株式会社) 中仙道乗合自動車株式会社を買収。
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