※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正12年(1923) | - | 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月1日 | 下関・釜山間航路に景福・徳寿・昌慶の3隻で昼航便8時間夜航便9時間の運航 | ||
5月1日 | 稚内・大泊間航路開設 樺太庁鉄道線との間に連絡運輸開始 | ||
7月1日 | 東京・下関間に3等特別急行列車を新設 | ||
9月1日 | 関東大震災 | ||
12月26日 | 三保三隅・石見益田(現在の益田)間開通し山口線と連絡山陰線と山陽線の連絡を完成 | ||
大正13年(1924) | - | 【渋沢栄一】財団法人日仏会館創立・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 | 渋沢関係略年譜 |
4月19日 | 客載貨車渡船翔鳳丸が竣工し5月21日から青函航路で貨車航送開始 | ||
7月31日 | 羽越線新津・秋田間全通 | ||
12月 | 東京駅構内に色灯式信号機を設置 | ||
大正14年(1925) | - | 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。日本無線電信株式会社設立委員長。飛鳥山邸(曖依村荘)に青淵文庫竣工、傘寿と子爵昇格の祝いを兼ねて竜門社より贈られる。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 | 渋沢関係略年譜 |
7月1日 | 連結器の一斉取換 | ||
11月1日 | 神田・上野間市街高架線開通し山手線電車は環状運転 京浜電車は東京・上野間延長運転開始 | ||
12月13日 | 東京・横須賀間および東京・国府津間一部旅客列車の電気運転を開始 | ||
大正15年(1926) | - | 【渋沢栄一】太平洋問題調査会創立・評議員会会長。社団法人日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
4月24日 | 入場券自動発売機(ドイツ製)を東京駅に4台 上野駅に2台備付け 25日から使用開始 | ||
昭和2年(1927) | - | 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
12月15日 | 東京・下関間に貨物特別急行列車を新設 | ||
12月30日 | 上野・浅草間にはじめての地下鉄線開通 | ||
昭和4年(1929) | - | 【渋沢栄一】アメリカン・ソサエティ・オブ・メカニカル・エンジニア名誉会員。中央盲人福祉協会創立・会長。〔89歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月15日 | 上総興津・安房鴨川間開通し房総半島一周線完成 | ||
7月10日 | 東京鉄道局逗子に海の家新設 | ||
7月 | キハニ5000形ガソリン動車使用開始 | ||
昭和5年(1930) | - | 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。財団法人楽翁公遺徳顕彰会会長。〔90歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月1日 | 鉄道全般にメートル法を実施 | ||
10月1日 | 東京・神戸間に各等超特急列車「燕」の運転開始 | ||
12月20日 | 岡崎・多治見間 瀬戸記念橋・高蔵寺間に自動車による旅客・貨物の運輸営業開始 |