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(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
| 年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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| 明治41年(1908) | - | 【渋沢栄一】日韓瓦斯株式会社創立、取締役会長。帝国商業銀行相談役。東洋拓殖株式会社設立委員。木曾興業株式会社創立、相談役。アメリカ太平洋沿岸商業会議所代表委員一行を飛鳥山邸(曖依村荘)に招待。〔68歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| 7月14日 | 後藤総裁退任、第二次桂内閣の逓信大臣に就任。 | 満鉄事項 | |
| 7月14日 | 第二次桂太郎内閣成立。 | 一般事項 | |
| 7月 | 沙河口に鉄道工場建設開始、敷地一六四ヘクタール、建物面積一万七七四六坪。11年8月事務所移転。 | 満鉄事項 | |
| 9月14日 | 東亜経済調査局を東京支社内に置く。 | 満鉄事項 | |
| 10月1日 | 長春ヤマトホテル、暫定営業開始。客室一〇。 | 満鉄事項 | |
| 10月5日 | 清国と「南満京奉両鉄道連絡協定」締結。 | 満鉄事項 | |
| 10月27日 | 大連・蘇家屯間の複線工事完成、運転開始。 | 満鉄事項 | |
| 10月28日 | 大連・長春間に週二回、欧亜連絡急行列車の運転を開始、所要一七時間二〇分。09年5月週三回、10年10月週四回に変更。 | 満鉄事項 | |
| 10月 | 上海航路を開く。神戸丸を日本郵船より借入。 | 満鉄事項 | |
| 10月 | 大連港で倉庫営業を始める。 | 満鉄事項 | |
| 11月14日 | 清国の光緒帝没。11・15西太后没。溥儀、三歳で即位(宣統帝)。 | 一般事項 | |
| 11月30日 | 「高平・ルート公文」交換。日米両国の対清政策の協定。 | 一般事項 | |
| 12月4日 | 満鉄所管は逓信大臣から鉄道院に移る。後藤逓相、総裁兼務。 | 満鉄事項 | |
| 12月5日 | 職制改正。部を廃止し課を統廃合する。機関車従事員養成所と運輸事務練習所を合併、鉄道従事員養成所とする。後の大連鉄道教習所。 | 満鉄事項 | |
| 12月5日 | 「鉄道院官制」公布。満鉄所管は逓信大臣から総理大臣監督下の鉄道院に移される。後藤逓相、総裁を兼ねる。 | 一般事項 | |
| 12月19日 | 中村是公副総裁、第二代総裁就任。 | 満鉄事項 | |
| 12月28日 | 東洋拓殖(株)を京城に設立、資本金一〇〇〇万円、韓国政府三〇〇万円出資。 | 一般事項 | |
| 12月 | 第一回人員削減を実施。雇員以上三八二人、傭員一四八九人、計一八七一人。 | 満鉄事項 | |
| - | (07年度末)車両保有数機関車三七七両(標準軌七八両、軽便八二両、狭軌二一七両)、客車類三一五両(標準軌四五両、軽便四八両、狭軌二二二両)、貨車類五三二四両(標準軌一〇〇三両、軽便六〇三両、狭軌三七一八両)。 | 満鉄事項 | |
| - | 日本人人口 男二万四六三〇人、女一万四六九八人、合計三万九三二八人。附属地内人口二万六八五二人(日本人一万七九四三人、中国人八九〇二人、外国人七人) | 満鉄事項 |
