国際通運(株)『国際通運株式会社史』(1938.12)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治5年(1872) - 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 渋沢関係略年譜
6月 旧江戸飛脚問屋仲間の発起によりて当会社を設立し陸運元会社と称す資本金五万円、同月定則書を認可せらる
- [代表者:頭取 吉村甚兵衛][執行機関:副頭取 佐々木荘助 武田喜右衛門 河村幸]
明治6年(1873) - 【渋沢栄一】大蔵省を辞める。第一国立銀行開業・総監役。抄紙会社創立(後に王子製紙会社・取締役会長)。〔33歳〕 渋沢関係略年譜
6月 太政官布告第二〇三号を以て運送業を営まむとする者は陸運元会社へ入社すべき旨を公布せらる
8月 入社規則を制定す
- [代表者:同[頭取 吉村甚兵衛]][執行機関:社長 武田喜右衛門 副社長 佐々木荘助]
明治7年(1874) - 【渋沢栄一】東京府知事より共有金取締を嘱託される。〔34歳〕 渋沢関係略年譜
3月 入社規則を廃して、事業区分規則を定む
4月 諸物貨取扱規則を制定す
10月 資本金を六万七千三百円に増加す
12月 政府各駅陸運会社の解散を決す
12月 真誠講旅館同盟成る
- [代表者:同[頭取 吉村甚兵衛]][執行機関:副頭取 武田喜右衛門 佐々木荘助]
明治8年(1875) - 【渋沢栄一】第一国立銀行頭取。商法講習所創立。東京会議所会頭。〔35歳〕 渋沢関係略年譜
3月 各駅陸運会社に代りて全国人馬供給の任に当る
3月 社名を内国通運会社と改称す
3月 社章を定む
6月 資本金を八万千七百円に増加す
12月 再び資本金を十万二千九百円に増加す
- [代表者:同[頭取 吉村甚兵衛]][執行機関:同[副頭取 武田喜右衛門 佐々木荘助]]
明治9年(1876) - 【渋沢栄一】東京府瓦斯局事務長。東京養育院院長。〔36歳〕 渋沢関係略年譜
8月 事業区分規則を廃して事業区分条例を制定し、各地に分社又は取次所を置く
12月 資本金を十二万八千九百円に増加す
- [代表者:同[頭取 吉村甚兵衛]][執行機関:副頭取 佐々木荘助]
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