北日本汽船(株)『北日本汽船株式会社二十五年史』(1939.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治8年(1875) - 【渋沢栄一】第一国立銀行頭取。商法講習所創立。東京会議所会頭。〔35歳〕 渋沢関係略年譜
5月7日 露国と千島樺太交換条約成り樺太全島露領となる。
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
2月10日 対露宣戦布告さる。
明治38年(1905) - 【渋沢栄一】韓国皇帝より勲一等太極章。移転した養育院感化部井之頭学校と改称、開校式。〔65歳〕 渋沢関係略年譜
7月7日 我が樺太占領軍亜庭湾内女麗(メレヤ)に上陸、八日未明「コルサコフ」(大泊)を占領。
7月12日 我が上陸軍「ウラヂミロフカ」(豊原)の西方郊外に敵軍を破り附近一帯を占領。
7月30日 樺太島軍務知事及樺太軍長官「リブノフ」中将以下将校七十名、下士卒三千二百余名降伏。
8月1日 樺太北部完全占領。
8月22日 樺太民政署開庁。
9月5日 北米ポーツマスに於て日露講話[講和]条約成り樺太北緯五十度以南邦有に帰す。
10月16日 平和克復に関する詔勅降る。
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
3月1日 当社創立発起人会を開き資本金を壱百万円とし発起人に於て全株を引受く。
3月12日 発起人会に於て社名を北日本汽船株式会社と命名す、第一回払込一株二十五円総計金五十万円の払込を了す。
3月12日 大礼丸、筑後川丸、吉辰丸、二見丸、天佑丸 幸成丸を継承。
3月12日 取締役社長に末永一三、取締役に多羅尾源三郎、山本厚三、本間泰輔、嶋谷徳三郎、監査役に中川浅之助、佐々木平次郎の諸氏就任。
3月30日 当社設立登記を了し本日を以つて当社創立日とす。
3月31日 船舶積量測度法公布(十月一日実施)尺単位を呎単位に改正。
4月1日 樺太庁全命令航路を受命。
4月7日 朝鮮船舶令、船舶検査令、船員令、船舶職員令等制定。(六月一日実施)
4月11日 昭憲皇太后陛下崩御遊ばさる。
4月16日 白川太司、大泊駐在員に就任。
4月16日 大隈内閣成り、武富時敏氏逓信大臣に、中谷弘吉氏同次官に就任。
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