日清製油(株)『日清製油六十年史』(1969.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治45年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
- 決算を年一回に改める 日清製油
- 米価騰貴で庶民の生活困窮 業界・その他
大正2年(1913) - 【渋沢栄一】伯剌西爾拓植株式会社創立準備委員。日本結核予防協会創立・副会頭(後に会頭)。中国興業株式会社(後の中日実業)創立、相談役。日本実業協会創立・会長。帝国飛行協会成立、評議員。〔73歳〕 渋沢関係略年譜
- 業界の状況を反映して、経営状態悪化 日清製油
- 日露戦争後の不況による大豆油、豆粕の需要減退、市価の低落 業界・その他
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
5月 「日清桟」閉鎖 日清製油
6月 ロンドン出張員制度廃止 日清製油
6月 京浜大株主協議会で減資断行の方針決定 日清製油
7月28日 資本金を六〇万円に減資 日清製油
7月28日 古沢丈作、取締役に就任 日清製油
7月 大阪油取引所解散 業界・その他
8月23日 東京本社事務所を京橋区五郎兵衛町に移転 日清製油
9月24日 柴田取締役辞任 日清製油
10月15日 高島社長辞任、顧問となる。松下取締役、社長に就任 日清製油
- 大連特産業界祀投機取引続出。生産の自主調整に踏切る 業界・その他
大正4年(1915) - 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ運河開通博覧会のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 渋沢関係略年譜
5月 大倉粂馬監査役、取締役に就任。大倉喜八郎顧問、監査役に就任 日清製油
11月 物価上昇傾向に転ずる 業界・その他
- 東京株式市場暴騰、いわゆる大戦景気始まる 業界・その他
大正5年(1916) - 【渋沢栄一】第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。日米関係委員会が発足・常務委員。理化学研究所創立委員長。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
10月1日 東京本社事務所、京橋区槍屋町に復帰 日清製油
12月 ドイツの講和提議により、株式相場大暴落、東京・大阪両株式取引所立会停止 業界・その他
大正6年(1917) - 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。〔77歳〕 渋沢関係略年譜
4月21日 関東都督府より板粕製造試験補助金の下付指令を受ける 日清製油
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