※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和4年(1929) | - | 【渋沢栄一】アメリカン・ソサエティ・オブ・メカニカル・エンジニア名誉会員。中央盲人福祉協会創立・会長。〔89歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
10月 | ニューヨーク株式市場大暴落、世界恐慌始まる | 業界・その他 | |
- | (秋)大連支社事務所を廃止し、工場事務所と合併する。長春、関原、奉天の三出張所閉鎖 | 日清製油 | |
昭和5年(1930) | - | 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。財団法人楽翁公遺徳顕彰会会長。〔90歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 金輸出解禁 | 業界・その他 | |
4月 | 松下取締役、専務取締役に就任 | 日清製油 | |
5月 | 秩父官殿下、大連工場に来臨 | 日清製油 | |
9月30日 | 世良取締役辞任 | 日清製油 | |
9月 | 本多取締役、常務取締役に就任。玉木誠次郎、監査役に就任 | 日清製油 | |
- | 神戸、下関出張所閉鎖 | 日清製油 | |
- | 世界恐慌、日本に波及(昭和恐慌) | 業界・その他 | |
昭和6年(1931) | - | 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。11月11日永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
9月 | 満州事変勃発 | 業界・その他 | |
10月1日 | 本社所在地、町名変更により新川二丁目二番地一となる | 日清製油 | |
昭和7年(1932) | - | 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 満州国、建国宣言発表 | 業界・その他 | |
9月 | 小川政之助、佐久間寛、取締役に就任。村岡敬四郎、監査役に就任 | 日清製油 | |
- | (春)ロンドン駐在所閉鎖 | 日清製油 | |
昭和8年(1933) | - | 【竜門社】青淵先生の遺言により渋沢家から曖依村荘を受贈する。財団法人渋沢青淵翁記念会が東京・常盤橋公園に青淵先生の銅像を建てる。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 国際連盟脱退 | 業界・その他 | |
5月13日 | 門野社長、世界経済会議出席ならびに国際情勢視察のため渡欧 | 日清製油 | |
8月 | 横浜工場に大豆油抽出設備新設 | 日清製油 | |
- | 台北、高雄出張所閉鎖 | 日清製油 | |
昭和9年(1934) | - | 【渋沢敬三】日本民族学会理事就任。 | 渋沢関係略年譜 |
10月 | 朝鮮肥料株式会社解散 | 日清製油 | |
12月 | ワシントン条約廃棄 | 業界・その他 |