日本製粉(株)『日本製粉社史 : 近代製粉120年の軌跡』(2001.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問 〔41歳〕 渋沢関係略年譜
4月7日 農商務省設置 業界・社会一般事項
8月1日 北海道開拓使官有物払下げ認可。10月12日認可取消し、これに伴い「明治14年の政変」起こり大隈重信ら下野 業界・社会一般事項
10月21日 松方正義大蔵卿に就任(松方財政始まる) 業界・社会一般事項
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。ちよ夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
2月8日 北海道開拓使廃止 業界・社会一般事項
10月10日 日本銀行開業 業界・社会一般事項
12月11日 為替手形約束手形条例制定 業界・社会一般事項
明治16年(1883) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社工場落成・発起人(後に相談役)。伊藤かねと再婚。〔43歳〕 渋沢関係略年譜
10月 農商務省札幌工業事務所、小麦生産量の増加に対応するため、小樽市周辺に石臼製粉器6台連結の製粉工場設置を計画 当社関連事項
明治17年(1884) - 【渋沢栄一】東京商業学校(前、商法講習所)校務商議委員。磐城炭礦社設立・会長日本鉄道会社理事委員(後に取締役)。〔44歳〕 渋沢関係略年譜
12月 農商務省札幌工業事務所、製粉工場の設置計画を大幅に変更。わが国最初のロール式製粉機械(米国製50バーレル)を導入し、工場の建設地も札幌区大通東1丁目に変更 当社関連事項
- 松方財政による不換紙幣整理のため、不況激化。官営工場・鉱山払下げ本格化 業界・社会一般事項
明治18年(1885) - 【渋沢栄一】ジャパン・ブリュワリー・コンパニー・リミテッド設立(後に理事)。日本郵船会社創立(後に取締役)。東京瓦斯会社創立(創立委員長、後に取締役会長)。〔45歳〕 渋沢関係略年譜
9月 農商務省札幌工業事務所の製粉工場(札幌製粉場と称す)、ロール式製粉機絨により操業を開始 当社関連事項
明治19年(1886) - 【渋沢栄一】「竜門社」創立。東京電灯会社開業(後に委員)。〔46歳〕【竜門社】竜門社が東京・深川福住町の青淵先生邸内に創立する。機関誌『竜門雑誌』創刊号を刊行。 渋沢関係略年譜
1月 雨宮敬次郎、製粉事業を拡大するため、個人経営の「泰靖社」を解社 当社関連事項
11月30日 官営札幌製粉場を後藤半七ら7名に払下げ承認。札幌製粉場と称す 当社関連事項
- 大蔵省の浅草製粉所、雨宮敬次郎、野村忍助らへ払下げ。雨宮らは同設備と既存の設備を合わせて新工場(70バーレル)を京橋区南飯田町13番地に建設開始 当社関連事項
明治20年(1887) - 【渋沢栄一】東京製綱会社発起委員(後に取締役会長)。東京人造肥料会社創立委員(後に取締役会長)。京都織物会社創立、相談役。日本煉瓦製造会社創立・発起人(後に取締役会長)。帝国ホテル創立・発起人総代(後に取締役会長)。北海道製麻会社・相談役。〔47歳〕 渋沢関係略年譜
2月 雨宮敬次郎、野村忍助、河野呈甫らが発起人となり、有限責任日本製粉会社設立(資本金20万円、社長野村忍助) 当社関連事項
3月 有限責任日本製粉会社の南飯田町工場操業開始 当社関連事項
明治21年(1888) - 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 渋沢関係略年譜
7月 日本製粉会社、南飯田町の工場・設備を雨宮の製粉事業発祥の地(府下南葛飾郡八右衛門新田2番地)に移設 当社関連事項
明治22年(1889) - 【渋沢栄一】東京石川島造船所創立・委員(後に取締役会長)。門司築港会社創立・相談役。田川採炭株式会社創立・相談役。三重紡績株式会社相談役。北海道炭礦鉄道会社常議員〔49歳〕 渋沢関係略年譜
2月11日 大日本帝国憲法発布 業界・社会一般事項
4月 有限責任日本製粉会社の経営、志摩万次郎へ 当社関連事項
明治23年(1890) - 【渋沢栄一】貴族院議員に任ぜられる。三本木渋沢農場開墾開始。〔50歳〕 渋沢関係略年譜
11月29日 第1回帝国議会開会 業界・社会一般事項
- この年、日本最初の資本主義恐慌起こる 業界・社会一般事項
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