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(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
| 年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
|---|---|---|---|
| 明治23年(1890) | - | 【渋沢栄一】貴族院議員に任ぜられる。三本木渋沢農場開墾開始。〔50歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| 11月17日 | 再度臨時総会を招集し調査委員に安田善次郎、浦田治平、仁杉英、高山権次郎、藤本文策の五氏を任命、右五氏の代理として丘襄二、皆川四郎の二氏調査を担当す | ||
| 11月 | 新設の浅草凌雲閣(十二階)に設置したる電動エレベーターの運転を開始す―電力供給の初め | ||
| - | 上期 第四電灯局(神田)落成す | ||
| 明治24年(1891) | - | 【渋沢栄一】日本製帽会社相談役。東京交換所創立・委員長。東京商業会議所会頭。〔51歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| 1月17日 | 臨時総会に於て当社業務の調査報告を為す | ||
| 1月19日 | 臨時総会に於て右調査報告に基き改革方案、整理方案、定款方案を議し、資本減額取調委員として吉田幸作、武藤直中、深山小兵衛の三氏を選任す | ||
| 1月20日 | 帝国議事堂焼失す 衆議院書記官長曾弥荒助氏議会及び内閣に対し漏電に因る旨報告せるを以て電灯を休止する者相亜ぐ 当社より同氏に対し報告書訂正を要求すると共に極力漏電にあらざることを世人に訴ふ | ||
| 1月21日 | 議事堂焼失事件に鑑み宮城内電灯点火休止遊ばさる | ||
| 1月23日 | 吉原京町二丁目よりの出火に因り第五電灯局管内配電柱、取付電灯等類焼の厄に会ふ | ||
| 1月27日 | 社名を『有限責任東京電灯会社』と改称す | ||
| 1月28日 | 曾弥書記官長を相手取り報告書訂正の訴を提起す | ||
| 2月15日 | 矢嶋社長以下役員総辞職し委員に柏村信、安田善次郎、藤本文策、水野九郎、松下一郎右衛門の五氏、監査役に浦田治平、高山権次郎、仁杉英の三氏、幹事に皆川四郎氏重任又は新任す、又柏村信氏委員会頭となる | ||
| 2月27日 | 資本減額取調委員の報告に基き臨時総会に於て資本金四十二万五千円を減じて八十七万五千円とす | ||
| 3月3日 | 曾弥書記官長に対する報告書訂正要求の訴は当社の敗訴に帰す | ||
| 3月7日 | 宮城再点の願書を宮内大臣に提出す | ||
| 4月1日 | 点灯料器具代の徴収を東海銀行に委託し直接集金を廃止す | ||
| 4月30日 | 再度宮城再点の願書を宮内省調度局長に提出し同大臣に執奏を乞ふ | ||
| 5月1日 | 宮内省調度局長より不時再点の準備整へ置くべき旨示達あり | ||
| 5月6日 | 品川電灯会社に麻布飯倉以南の供給区域を貸与す | ||
| 7月1日 | 当社請負にかゝる熊本電灯会社の工事落成し開業す | ||
| 7月21日 | 定式総会後臨時会を開催し資本金を八十三万五千六百五十円に減額す |
