(株)にんべん『かつお節物語 : 日本の味から世界の味へ : かつお節を科学して二八〇年』(1979.08)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
縄文時代(B.C.7500) - 東日本の縄文人さかんに鰹を食べる “にんべん”とかつお節の歴史
- 採取経済・雑食時代 社会・経済・文化
弥生時代(B.C.300) - 主食・副食の分離 “にんべん”とかつお節の歴史
- 米作がひろまる 社会・経済・文化
675年 - [原資料は657年、天武3年] 天武天皇、殺生禁断の詔 社会・経済・文化
大宝元年(701) - 大宝律令による海産物調賦令で、煮堅魚《にかつお》などの賦課定める “にんべん”とかつお節の歴史
- 大宝律令を施行し、官名や位階の制を改正する 社会・経済・文化
和銅5年(712) - 『古事記』が完成し、中に堅魚の文字が見える “にんべん”とかつお節の歴史
- 太安万侶《おおのやすまろ》『古事記』を撰上 社会・経済・文化
養老2年(718) - 養老律令による海産物調賦に、堅魚煎汁《いろり》の記録あり(調味料としての鰹の利用として注目される) “にんべん”とかつお節の歴史
- 藤原不比等に命じてさらに律令を撰し各々一〇巻とする 社会・経済・文化
延喜元年(901) - 『延喜式』に堅魚・煮堅魚・堅魚煎汁の記録あり “にんべん”とかつお節の歴史
- 菅原道真、太宰府に左遷される 社会・経済・文化
元弘元年(1331) - 吉田兼好『徒然草』のなかで鰹を下魚と決めつける “にんべん”とかつお節の歴史
天文6年(1537) - 北条氏網、「勝負に勝つ魚」として干鰹を出陣の引出物に用いる “にんべん”とかつお節の歴史
元和元年(1615) - 山内忠義、家康に干鰹を贈る “にんべん”とかつお節の歴史
- 大阪夏の陣 社会・経済・文化
元和9年(1623) - 幕府、キリシタン多数を処刑する 社会・経済・文化
寛永元年(1624) - (寛永年間)初代高津与次兵衛(初代高津伊兵衛の祖父)、生地尾張の国(愛知県)から勢州(三重県)四日市中町に移り住み、雑穀・油・干鰹を商う “にんべん”とかつお節の歴史
寛永16年(1639) - 二代目高津与次兵衛生まれる “にんべん”とかつお節の歴史
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