(株)にんべん『かつお節物語 : 日本の味から世界の味へ : かつお節を科学して二八〇年』(1979.08)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
享保9年(1724) 2月 幕府米価下落につき諸色元値段の引下げを命じる。 社会・経済・文化
5月9日 初代松平築前守の葬儀のため中屋敷に日参の際、中風病にたおれる(四六歳)。初代長男、二代目伊兵衛を襲名(一三歳)。万代屋清左衛門の後見で店を見るが、これより商しだいに衰える “にんべん”とかつお節の歴史
6月 倹約令を出す。 社会・経済・文化
11月 近松門左衛門死去 社会・経済・文化
享保14年(1729) 4月17日 初代死去行年五一歳(大活無心居士) “にんべん”とかつお節の歴史
11月 幕府、米価下落で武士、庶民とも窮乏化のため、諸大名に節約を指示。 社会・経済・文化
12月 米の買上げで米価の高騰を図る 社会・経済・文化
享保16年(1731) 2月 神田橋御門の外に支店を出すが商うまくいかなくなる “にんべん”とかつお節の歴史
2月 幕府さらに節約を指示 社会・経済・文化
元文元年(1736) - 幕府、江戸城中で落書、雑説などの政治批判を禁止する 社会・経済・文化
元文2年(1737) 11月 二代目二六歳で小田原町一丁目尾張屋治郎兵衛娘まん(一五歳)と結婚する “にんべん”とかつお節の歴史
元文4年(1739) - 二代目長男長太郎生まれるが、妻まん産後の肥立ち悪く、一月一五日死去一七歳(春林祖教信女) “にんべん”とかつお節の歴史
- ロシア探検船、陸奥、安房、伊豆の沿海に出没する 社会・経済・文化
元文5年(1740) 1月14日 二代目長男疱瘡を病み死去二歳(学蔭童子)。二代目、妻・長男をあいついで亡くし悲嘆にくれ、日夜酒にひたって病となる “にんべん”とかつお節の歴史
- 幕府、大阪で干鰯、油粕の買占めを禁じる 社会・経済・文化
寛保2年(1742) 8月 江戸、関東地方で大きな水害を受ける 社会・経済・文化
- 二代目、しゅんと再婚する。店立直しのため、資金計画を作る “にんべん”とかつお節の歴史
寛保3年(1743) - 二代目次男金蔵生まれる。 “にんべん”とかつお節の歴史
- 神田橋の支店を閉鎖する “にんべん”とかつお節の歴史
延享4年(1747) 2月26日 二代目次男疱瘡を病み死去五歳(義徹童子)。 “にんべん”とかつお節の歴史
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