野田醤油(株)『野田醤油株式会社三十五年史』(1955.07)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正6年(1917) - 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。〔77歳〕 渋沢関係略年譜
10月19日 茂木高梨一族合同の議成立
12月7日 資本金七百万円の野田醤油株式会社設立
12月21日 万上味淋株式会社設立
大正7年(1918) - 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 渋沢関係略年譜
1月1日 営業開始
2月5日 大阪出張所設置
11月1日 野田病院改組野田醤油醸造組合より本社に移管
11月1日 第一回臨時株主総会開催//定款第六条改正の件附議決定
大正8年(1919) - 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。協調会創立・副会長。〔79歳〕 渋沢関係略年譜
1月15日 職工同盟罷業の挙に出る
5月28日 流山町八四番地所在醤油工場建物及び附属機械器具一切を万上味淋株式会社に譲渡
6月30日 野田町野田七三九番地所在第十八工場建物を撤去
11月10日 琴平神社例大祭執行
大正9年(1920) - 【渋沢栄一】国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
3月15日 亀甲万消防隊編成
7月5日 第十四工場を亀甲万に仕込替
9月21日 第四工場を亀甲万に仕込替
大正10年(1921) - 【渋沢栄一】排日問題善後策を講ずるため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 渋沢関係略年譜
3月1日 第三工場(現在ソース工場)に壜詰作業場新設
3月10日 製樽工場建設落成
7月18日 第一号鑿井竣工
10月17日 第二号鑿井竣工
大正11年(1922) - 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 渋沢関係略年譜
3月1日 第十七工場(現在第七工場)新築工事起工
7月24日 全工場職工罷業の挙に出る
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