(株)神戸新聞社『神戸新聞五十五年史』(1953.07)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)〔58歳〕 渋沢関係略年譜
2月11日 神戸新聞第一号発刊。本社は神戸市栄町六丁目六十一番屋敷に設置、社主川崎造船所副社長川崎芳太郎、社長石井源兵衛、主幹岩崎虔、主筆兼編集長鯉洋白河次郎、軟派主任兼小説担任水蔭江見功、硬派主任尾上新兵衛事久留島武彦、営業主任小谷徹六郎。建ページ六ページ、創刊号十六ぺージ新聞定価一ヶ月三十銭、一部一銭五厘。広告料五号二十二字詰一行二十銭。常盤花壇で創刊祝賀会を開き岩崎主幹から挨拶を述べた。
2月12日 第三種郵便物認可。
- 【是年】新聞定価一ヶ月三十三銭に値上した。
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
1月1日 是月より建ぺージ二ぺージを増し八ページとした。新年号十六ページ中川芦月画「万歳」の絵附録を添えた。発行兼印刷人露谷兵二、編集人山下直吉。
2月11日 石井源兵衛社長を辞し、松方幸次郎社長に就任。花隈神港倶楽部で一周年記念余興の文士劇開催、鯉洋、水蔭はじめ社員出演。夜一周年祝賀会を開き松方社長から新任挨拶があった。
8月28日 伊予別子銅山に山つなみが起ったので江見水蔭を特派した。
9月 江見水蔭退社。
- 【是春】白河主筆退社、武井悌四郎入って主筆となる。
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
1月1日 円山応挙筆鼠の絵附録を添えた。
4月 岩崎主幹をパリーの万国博に特派した。
6月 平版機械の運転にはじめて石油発動機を使用した。
7月22日 発行兼印刷人谷銓太郎、編集人山下直吉。
7月25日 北清事変起るニュースを伝えた。
8月11日 一面に「天語人語」欄設置。
8月14日 パリー万国博特派員岩崎虔の第一信掲載。
8月27日 七面に投書欄「なんでもござれ」設置。
9月3日 懸賞慕集の社章後藤輝二氏の梅鉢模様当選に決定発表。
9月10日 川上音次郎奇稿「新演劇について」連載。
9月12日 社説に新聞の任務を掲げた。根本吐芳入社。
9月13日 俳句欄設置。
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