※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治36年(1903) | - | 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。日印協会創立・会員(後に会頭)。〔63歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
9月30日 | 創刊二千号記念三十二ページ。別に石版彩色豊年作の図の絵附録配布。 | ||
11月1日 | 日露国際関係緊迫のため京城に通信員上邨涛畝を置いた。 | ||
11月3日 | 千里万馬に駆逐の図の絵附録添付。長崎にも通信員を設置。 | ||
11月12日 | 播州平野における陸軍大演習開始のため記者特派。 | ||
12月3日 | 創刊六周年読者懸賞抽籤社告発表。 | ||
明治37年(1904) | - | 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月1日 | 十六ページ。絵附録鈴木松年画「飛龍昇天の図」(七度刷木版彩色)配布。 | ||
2月10日 | 小村外相各新聞社長を官邸に招き日露外交顛末を発表した。 | ||
2月11日 | 宣戦詔勅の号外発行。創刊六周年記念号十九ページ。日露海軍比較表特集。仁川海戦の公報を報じた。斎藤弔花作小説「露国の軍事探偵」の掲載を始めた。 | ||
2月13日 | 宮中に大本営設置を報じた。 | ||
2月14日 | 日露戦争第一号外発行。 | ||
2月17日 | 恤兵金募集開始。 | ||
3月5日 | 日露戦没従軍記者梅田枕戈、画家岡本月村派遣。 | ||
3月23日 | 戦時通信員として京城に菊池長風、仁川に馬場霞城、芝罘に結城桂陵、佐世保に大野太郎、門司に吉田千春、長崎に伊藤清を置く。従軍記者梅田枕戈、画家岡本月村の第一信発表。 | ||
4月1日 | 「来る者往く考」欄設置(汽車、汽船乗客日計) | ||
5月 | (中旬)写真銅版組込設備をした(関西新聞界の嚆矢) | ||
6月12日 | 占領したダルニー港大船渠写真掲載(神戸新聞最初の写真) | ||
7月12日 | 郵船佐渡丸遭難写真掲載(神戸新聞最初の現場写真) | ||
8月8日 | 題字菊水模様のはなびらを小さくする。 | ||
9月1日 | 市川左団次の逸話を連載し始めた。 | ||
9月3日 | クロパトキン陸相来神の思出をスクープして報じた。 |