※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和20年(1945) | - | 【竜門社】曖依村荘を政府に寄贈する。空襲により曖依村荘内の建物の多くを焼失する。【渋沢敬三】幣原喜重郎より組閣本部に招かる。新木、山際正道と相談、大蔵大臣受諾。親任。 | 渋沢関係略年譜 |
11月26日 | 互助会評員会を開き全重役を評議員に推薦した。 | ||
11月29日 | 物故社員追弔法要を須磨寺本坊で営んだ。 | ||
12月1日 | 互助会評議員会を開き互助会規程改正のため委員八名を設けた | ||
12月10日 | 互助会評議員会を開き互助会規程改正案を議決した。社員食堂を別館に開設した。スタイル・ブックを配付した。 | ||
12月15日 | 第二十九回定時株主総会開催、昭和二十年下半期決算(年三分配当)可決。 | ||
12月19日 | 本社従業員組合結成準備委員会を開いた。 | ||
12月29日 | 歳末義金第一回分四万円を県へ交付。(二十一年一月二十一日第二回分一万七千余円、二月十八日第三回分三千円を県へ交付) | ||
- | 【是年】昭南新聞会解散。終戦により四郷村疎開工場を中止した。 | ||
昭和21年(1946) | - | 【竜門社】財団法人竜門社、財団法人渋沢青淵翁記念会が合同して渋沢青淵記念財団竜門社となる。【渋沢敬三】公職を追放さる。本邸は大蔵省に官邸として貸与、のち財産税にて敷地とともに物納。 | 渋沢関係略年譜 |
1月1日 | 四ページ。祝賀式を社内で行った。懸賞論文「神戸市復興の構想」募集。本社従業員組合結成式を別館二階で行った。 | ||
1月22日 | 社内娯楽雑誌貸出機関を設けた。 | ||
1月28日 | 本社及び神戸市戦災者同盟主催「戦災者奮起の歌」懸賞募集。 | ||
2月1日 | 新聞定価一ヶ月五円、一部十五銭に値上。広告料単価値上。 | ||
2月4日 | 「戦災者奮起の歌」審査会を開き入選作決定。 | ||
2月9日 | 互助会評議員会を開き待遇改善策審議。互助会評議員会に部長並に従組執行委員のオブザーバーとして出席の例を開いた。 | ||
2月10日 | 人事異動発令、木下清を庶務部長、国分恒夫を調査部長、中村尚を社会部長とした。 | ||
2月11日 | 創刊四十八周年記念式を瓦斯ビル四階で挙げ永年勤続者二十年七名十年四名を表彰、従業員芸能大会、従業員家族慰安会を催した。『戦災者奮起の歌』入選発表(一等小島清作氏)第二次待遇改善発表。 | ||
3月1日 | 広告料一糎八十円に値上。 | ||
3月12日 | 「記者の心得」を印刷配布した。 | ||
3月16日 | 従業員勤続規程及び諸手当支給規程改正。本社、明石市、県仏教会共催戦災殉難者追弔法要を明石市中崎公会堂で修めた。。 | ||
3月17日 | 重役会を開き金融緊急措置令発表につき待遇改善案再検討に決した。本社、神戸市、県仏教会、戦災援護会支部共催戦災殉難者追弔供養を神戸市庁舎で修めた。続いて各地で修めた。 |