東宝(株)『東宝二十年史抄』(1954.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和21年(1946) - 【竜門社】財団法人竜門社、財団法人渋沢青淵翁記念会が合同して渋沢青淵記念財団竜門社となる。【渋沢敬三】公職を追放さる。本邸は大蔵省に官邸として貸与、のち財産税にて敷地とともに物納。 渋沢関係略年譜
3月13日 ★秦豊吉、大橋武雄、増谷麟、那波光正、森岩雄、岡庄五、寺本熊俊、中俣正男の八氏取締役を辞任。川喜多長政、安藤栄吉の両氏監査役を退任。川喜多氏取締役に就任。監査役に八馬兼介、松岡潤吉の両氏重任 東宝の動静
3月23日 ★会社と組合とが給与制度の全面的改正案を協議中、組合は突如争議に入り、廿三日から生産管理に入る 争議は十五日間にて解決、会社と組合は新給与制度を含む団体協約を締結し、混迷状態にあつた組合との関係を明確に規定する 東宝の動静
4月28日 ★東宝従業員組合、日本映画演劇労働組合(日映演)に加盟 東宝の動静
8月29日 ★日本映画社と業務協定成立し、当社に於て日本ニュースの全国配給を取扱うこととなる 東宝の動静
10月15日 ★日映演が当社(及び松竹、大映)に対して労働協約の締結を申入れて来たのに対し当社(及び松竹、大映)はこれを妥当でないと認め拒絶する。これが原因となり当社従業員組合はゼネストに参加 東宝の動静
10月 ★右[日映演が当社(及び松竹、大映)に対して労働協約の締結を申入れて来たのに対し当社(及び松竹、大映)はこれを妥当でないと認め拒絶する。これが原因となり当社従業員組合はゼネストに参加]の争議中、従業員の思想的対立から遂に組合は分裂を来たすに至り、第一組合(従来の東宝従業員組合)第二組合(営業部を中心として従来の組合から離脱した組合)第三組合(撮影所第二製作部)が発生し、争議も十二月三日解決 東宝の動静
12月10日 ★資本金弐千壱百八万円を増額して金四千万円とする 東宝の動静
昭和22年(1947) - 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』670号を復刊する。 渋沢関係略年譜
1月16日 ★会社の行政機構と組合の組織との表裏一体化を狙い従来の部課制度を廃止し、職区制度を布くこととなる 東宝の動静
3月8日 ★前年末まで続いた争議の跡仕末に起因して映画製作が順調を欠くため、この対策として従来の第二製作部を中心に、株式会社新東宝映画製作所(資本金壱百万円―全額東宝所有)を設立し、製作活動を開始せしめる 東宝の動静
3月10日 ★取締役渋沢秀雄、大沢善夫、植村泰二、川喜多長政の四氏退任。同じく田辺加多丸、林正之助、山本為三郎、池永三治の四氏重任。中島信次郎、樺山丑二、山口英吉、竹中錬一、服部正次の五氏取締役に就任。会社を代表すべき取締役として田辺加多丸氏が重任、安藤栄吉氏監査役に就任 東宝の動静
4月1日 ★宝塚歌劇団、日劇に初公演。雪組出演「ファイン・ロマンス」「宙塚おどり絵」を上演(21日まで) 東宝の動静
5月7日 ★争議後生れた三組合中、思想的な立場から第二、第三両組合が合体し全国映画演劇労働組合(全映演)を結成、日映演所属の第一組合と併立することとなる 東宝の動静
9月19日 ★キャスリン颱風による当社社員の水害罹災者救済のため救済本部を臨時組織 東宝の動静
10月 ★取締役林正之助、山本為三郎、山口英吉、竹中錬一、樺山丑二の五氏夫々辞任 東宝の動静
11月17日 ★渡辺銕蔵、米本卯吉、竹中藤右衛門、土屋計左右、奈須藤三郎、真鍋八千代、三宅晴輝の七氏取締役に、信原義夫氏監査役に夫々就任 東宝の動静
12月26日 ★取締役会の互選に依り会長に田辺加多丸氏、取締役社長に渡辺銕蔵氏就任。馬淵威雄、俵藤丈夫、杉山申五の三氏取締役に就任 東宝の動静
12月26日 ★食堂経営並に東京会館建物その他譲渡の件が決定 東宝の動静
昭和23年(1948) - 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』677号をもって廃刊する。 渋沢関係略年譜
1月14日 ★企業再建整備対策要項を発表して、各職区社員に夫々方針の実現化を要望した 東宝の動静
1月17日 ★真鍋八千代氏取締役辞任 東宝の動静
2月14日 ★岩垣保章、浜崎二郎、三橋哲夫の三氏取締役に就任 東宝の動静
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