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(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
| 年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
|---|---|---|---|
| 昭和23年(1948) | - | 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』677号をもって廃刊する。 | 渋沢関係略年譜 |
| 2月22日 | ★当社、過度経済力集中排除法の指定を受ける | 東宝の動静 | |
| 3月1日 | ★これまでの行政機構であつた職区制度を廃止し、再び部課制度を確立することとなる | 東宝の動静 | |
| 4月8日 | ★企業を合理化し再建に進む第一歩として、余剰人員約壱千二百名の整理を発表 | 東宝の動静 | |
| 4月10日 | ★北岡寿逸氏取締役に就任 | 東宝の動静 | |
| 4月12日 | ★資本金八千万円を増額し金壱億弐千万円とする | 東宝の動静 | |
| 4月20日 | ★人員整理に関し、撮影所関係の共産党員とこれに同調する少数の従業員に依り、整理に不服従運動が猛烈に開始されたためやむなく撮影所の閉鎖を宣言する | 東宝の動静 | |
| 6月1日 | ★さきに発表した撮影所閉鎖の宣言は、遂にこれを断行のやむなきに至る | 東宝の動静 | |
| 6月16日 | ★日映演所属の組合員は廿四時間の波状ストを行う | 東宝の動静 | |
| 7月15日 | ★撮影所従業員の一部をもつて結成された民主クラブは日映演を脱退して東宝撮影所従業員組合を結成する | 東宝の動静 | |
| 8月19日 | ★撮影所閉鎖断行に伴い、日映画[日映演]組合員が撮影所を占拠、再三の勧告にも拘らず退去することなく、不法占拠を続行するため仮処分の執行をする。武装警官二千名に米第八軍も応援出動、物々しい雰囲気となる | 東宝の動静 | |
| 10月8日 | ★取締役馬淵威雄氏副社長に就任 | 東宝の動静 | |
| 10月19日 | ★日映演所属の第一組合の幹部(指導的共産党員)の連袂退社によつて争議は急転妥結 | 東宝の動静 | |
| 11月10日 | ★創立十六周年記念式を帝国劇場に於て挙行 | 東宝の動静 | |
| 11月19日 | ★争議解決の正式調印を行う | 東宝の動静 | |
| 昭和24年(1949) | - | 【竜門社】政府より曖依村荘が無償返還されることになる。財団法人社会教育協会に依頼して、機関誌『竜門雑誌』を継承する機関誌『青淵』を創刊する。曖依村荘全敷地の約3分の2を売却する。 | 渋沢関係略年譜 |
| 4月12日 | ★田辺加多丸、三宅晴輝、中島信次郎、北岡寿逸、池永三治の五氏は夫々取締役を辞任 | 東宝の動静 | |
| 4月 | ☆此頃より地方下番線に日本映画の二本立興行が擡頭 | 社会芸能界の重要事項 | |
| 7月28日 | ★過度経済力集中排除法の指定下にあつた当社は、直接又は間接に所有する他社株式の処分のみで、分割は解除される | 東宝の動静 | |
| 7月29日 | ★資本金弐億四千円を増額して、金参億六千万円とする | 東宝の動静 | |
| 9月26日 | ★取締役米本卯吉氏社長に就任。取締役会長に渡辺銕蔵氏が就任。浜崎二郎、三橋哲夫、杉山申五、岩垣保章、馬淵威雄、奈須藤三郎、俵藤丈夫の七氏は夫々取締役を辞任 | 東宝の動静 | |
| 11月25日 | ★当社製作面の一翼として発足せしめた株式会社新東宝(元新東宝映画製作所)は、当社との契約を一方的にふみにじり、自主配給敢行の挙に出たため、当社はやむなく十二月及び一月封切予定の同社作品「私刑」等八作品の仮処分を東京地裁に申請する | 東宝の動静 |
