森永製菓(株)『森永製菓一〇〇年史 : はばたくエンゼル、一世紀』(2000.08)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
6月16日 新商法施行 社会・業界
6月 森永太一郎、滞米11年、西洋菓子の製法を習得し帰国、時に35歳 当社関係
7月1日 特許法・意匠法・商標法施行 社会・業界
7月17日 改正通商条約施行、居留地廃止 社会・業界
8月15日 創業、東京市赤坂区溜池町2番地に2坪(6.6m2)の西洋菓子製造所を創設、森永商店と称した―実物広告用の箱車(聖書看板付)を発注― 当社関係
10月15日 創業2カ月目に、ようやく京橋、仲の橋の青柳商店から初注文を受け販路の糸口できる 当社関係
- この年の主な発売商品...マシマローなどのソフトキャンデー類、キャラメル、チョコレートクリーム 当社関係
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
3月7日 重要物産同業組合法公布 社会・業界
3月10日 治安警察法公布 社会・業界
4月1日 米国公使館前通りの溜池同番地の表通りに進出、20坪(66m2)の工場を設ける//バック米国公使夫人の愛顧をうけ、逐次、各国公使の家族やわが国政府の高位高官の家族の愛用者増える//販路を東京・横浜・大阪・京都・神戸・長崎・函館・新潟に拡張 当社関係
5月28日 義和団事件(北清事変)起こる、日本・欧米列強連合軍出兵 社会・業界
- この年の主な発売商品...マシマローバナナ、マシマローコーン 当社関係
明治34年(1901) - 【渋沢栄一】大阪瓦斯会社監査役。日本女子大学校開校・会計監督(後に校長)。東京・飛鳥山邸を本邸とする。京釜鉄道株式会社取締役、後に取締役会長。茨城採炭株式会社創立、相談役。〔61歳〕 渋沢関係略年譜
8月20日 米価暴騰、取引所立会停止 社会・業界
8月22日 東京市内路面電車開通 社会・業界
9月7日 義和団事件終結・調印 社会・業界
9月 宮内省への納入始まる 当社関係
11月21日 第1回早慶野球戦 社会・業界
12月17日 ライト兄弟が初飛行に成功 社会・業界
- 販路を中国大陸・朝鮮半島に拡張する 当社関係
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
10月15日 赤坂溜池の工場、午前9時出火、半焼 当社関係
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