※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正2年(1913) | - | 【渋沢栄一】伯剌西爾拓植株式会社創立準備委員。日本結核予防協会創立・副会頭(後に会頭)。中国興業株式会社(後の中日実業)創立、相談役。日本実業協会創立・会長。帝国飛行協会成立、評議員。〔73歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
10月1日 | 雑誌モンスリーを電通にて発行 | ||
大正3年(1914) | - | 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
2月5日 | 小樽新聞社社長上田重良逝去 | ||
3月24日 | 山本権兵衛内閣辞職 | ||
3月 | 大阪新聞九ポイント活字を使用し初め八段制を九段制と改む | ||
4月8日 | 四月八、九両日 日本雑誌協会第二回大会を帝国ホテルに開く | ||
4月11日 | 昭憲皇太后崩御あらせたまふ | ||
4月16日 | 大隈内閣成立 | ||
7月 | 欧洲大戦勃発 | ||
8月23日 | 対独宣戦布告我青島攻圍戦には我社より内海安吉氏を特派従軍せしむ | ||
8月28日 | 此日北海ヘリゴランド沖にて英独大海戦あり、欧洲大戦における最初の海戦であつたがセントラル・ニユース社の我社へ打電した戦報最も早く海軍省当局すらも我社着電に依つて初めて之を知つたほどであつた | ||
10月16日 | 新聞総覧第六版発行 | ||
10月30日 | 東京朝日新聞編輯長佐藤真一氏逝去 | ||
12月2日 | 中央新聞社社長たりし従四位勲二等鶴原定吉氏逝去 | ||
12月25日 | 第三十五回帝国議会解放 | ||
大正4年(1915) | - | 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ・太平洋万国博覧会視察のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 | 渋沢関係略年譜 |
4月15日 | 四月十五、六日 第三回日本新聞協会大会を帝国ホテルに開く | ||
4月20日 | 大阪電報通信社創立十周年記念式を大阪ホテルに挙行 | ||
6月14日 | 六月十四、五日 日本新聞協会臨時大会を日光に開催 | ||
8月1日 | 御大典のため電通京都支局臨時開設十一月三十日廃止 | ||
9月13日 | 山陽新報社社長関新吾氏逝去 | ||
9月30日 | 新聞総覧第七版発行 |