箱根温泉供給(株)『箱根温泉供給社史』(1982.09)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和11年(1936) - 【竜門社】第二次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。 渋沢関係略年譜
7月30日 大涌谷上部に大亀裂発生 50年のあゆみ 事項
8月4日 温泉の水質改善装置の特許を受く 50年のあゆみ 事項
昭和12年(1937) - 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会が、小畑久五郎著“An Interpretation of the Life of Viscount Shibusawa”を刊行する。 渋沢関係略年譜
7月7日 日華事変勃発 50年のあゆみ 関連事項
9月1日 仙石原地所(株)温泉荘分譲地への給水業務を開始 50年のあゆみ 事項
昭和13年(1938) - 【渋沢敬三】国民貯蓄奨励委員会委員。 渋沢関係略年譜
7月 仙石原地所(株)第2期分譲開始 50年のあゆみ 事項
12月28日 益田孝死去、享年90歳 50年のあゆみ 事項
昭和15年(1940) - 【竜門社】第100回会員総会並に記念展観を開催する。 渋沢関係略年譜
1月1日 常務取締役東郷直死去、享年65歳 50年のあゆみ 事項
12月20日 小田原市制施行 50年のあゆみ 関連事項
昭和16年(1941) - 【渋沢敬三】全国貯蓄銀行協会会長に就任。第一銀行副頭取に就任。 渋沢関係略年譜
1月31日 仙石原地所(株)箱根温泉供給(株)合併を決議 50年のあゆみ 事項
3月27日 専務取締役益田信世初代小田原市長に就任 50年のあゆみ 事項
6月30日 両社合併資本金180万円//石原地所(株)は解散 50年のあゆみ 事項
7月23日 第22回株主総会//代表取締役会長渋沢秀雄//代表取締役専務取締役佐々田彰夫//常務取締役浜田武//取締役白石喜太郎、益田克信、速水篤次郎、監査役、皆川多三郎、益田義信、高橋清悟//相談役阪谷芳郎就任 50年のあゆみ 事項
11月14日 阪谷芳郎死去、享年78歳 50年のあゆみ 事項
昭和18年(1943) - 【渋沢敬三】大東亜会議に来日のスバス・チャンドラ・ボース、約4週間綱町邸に逗留。 渋沢関係略年譜
3月15日 植林地10町歩焼失 50年のあゆみ 事項
昭和19年(1944) - 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』669号を発行、以後休刊する。岩波書店より『渋沢栄一伝記資料』第1巻が刊行される。【渋沢敬三】結城日銀総裁辞任につき、日銀総裁に就任。総裁時代一度も東京を離れず。 渋沢関係略年譜
- 疎開児童増加 50年のあゆみ 関連事項
昭和20年(1945) - 【竜門社】曖依村荘を政府に寄贈する。空襲により曖依村荘内の建物の多くを焼失する。【渋沢敬三】幣原喜重郎より組閣本部に招かる。新木、山際正道と相談、大蔵大臣受諾。親任。 渋沢関係略年譜
8月15日 太平洋戦争終結 50年のあゆみ 関連事項
8月31日 取締役白石喜太郎死去、享年59歳 50年のあゆみ 事項
10月17日 大涌谷温泉源地陥没 50年のあゆみ 事項
12月18日 財閥関係会社のため制限会社となる 50年のあゆみ 事項
昭和21年(1946) - 【竜門社】財団法人竜門社、財団法人渋沢青淵翁記念会が合同して渋沢青淵記念財団竜門社となる。【渋沢敬三】公職を追放さる。本邸は大蔵省に官邸として貸与、のち財産税にて敷地とともに物納。 渋沢関係略年譜
10月 財閥関係所有株式すべて持株会社整理委員会に移る 50年のあゆみ 事項
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