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(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
| 年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
|---|---|---|---|
| 明治35年(1902) | - | 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| 11月 | △三十二年九月独逸に留学せし下田次郎氏帰朝 | ||
| 12月 | △普連土女学校焼失 | ||
| 12月 | △橋本雅邦画伯金婚式 | ||
| 明治36年(1903) | - | 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。日印協会創立・会員(後に会頭)。〔63歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| 1月4日 | △横井玉子女史(時雄氏令姉)四日永眠、女子美術学校にて校葬を行ふ | ||
| 1月31日 | △歌人中島歌子刀自永眠(三十一日) | ||
| 1月 | △赤十字看護婦の功労者高山盈子女史永眠 | ||
| 1月 | △婦人の廂髪ますます突き出る | ||
| 2月23日 | △故岩倉具視公夫人槇子刀自永眠(廿三日) | ||
| 2月 | △文部省留学生井口あくり女史米国に体育を専攻して帰朝 | ||
| 2月 | △小松宮彰仁親王殿下薨去 | ||
| 2月 | △名優五代目尾上菊五郎丈永眠 | ||
| 2月 | △最近の調査による全国公私立高女校数は八十六校(内庁立一、府立六、県立四八、市立八、郡立一〇、町立五、私立八)その内修業年限五年の者九校、三個年の者三校、他は全部四個年なり(婦女新聞第一四六号) | ||
| 2月 | △文部省留学生幸田幸子女史(音楽)帰朝 | ||
| 3月 | 大阪に開かれたる内国勧業博覧会に、婦人矯風会禁酒運動開始、ミス・スマート、林歌子女史大活躍 | ||
| 3月 | △文部省高等女学校教授要目発表 | ||
| 3月 | △愛国婦人会第二回大会、九段偕行社にて | ||
| 3月 | △筒袖袴を制服とする女学校多し | ||
| 3月 | △専門学校令(勅令)公布 | ||
| 4月2日 | 婦人矯風会大会二日より四日まで神戸にて | ||
| 4月 | △山脇房子女史を校長として高等女子実修学校開校(後の山脇高女校) |
