婦女新聞社『婦人界三十五年』(1935.05)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
2月 △各婦人団体、軍隊の慰問、出征兵士の家族救済等に活動
2月 △東京本所区長太胡氏夫人其他、婦人結髪廃止会を組織す。結髪料を軍資金に献納する目的
2月 △全国各女学校、時間外に靴下編等に従事して軍隊に寄贈す
2月 △上流婦人の発起にて出征軍人家族慰問婦人界組織せられ、東京市各区に支部を設けて活動
2月 △従軍看護婦を志願する女子多し
2月 △第一回旅順港口閉塞の敢行
3月 △第二回旅順港口閉塞に広瀬少佐戦死
3月 △軍国臨時議会開かる
3月 △女高師附属高女卒業生、作楽会といふを組織し会報を発行
4月 △竹沢里子女史経営の神田女学校、府立第一高女跡に移転神田共立女学校と改称、後の神田高女校なり。
4月 △米国のマッギー女史看護婦八名を引率、英国のリチヤードソン夫人外二名と共に日本軍人の負傷者を看護すべく来朝
4月 △婦人矯風会出征軍隊に慰問袋寄贈、これ我国に於ける慰問袋といふものゝ最初なり。
5月 第二回社会主義婦人講演、平民社楼上にて、弁士幸徳伝次郎、安部磯雄氏、爾後毎月開会
5月 △黒木大将の第二軍、九連城占領
5月 △第三回旅順港口閉塞
5月 △廃業娼妓等を収容する為に婦人矯風会の設けし慈愛館、大久保百人町に新築落成
6月 大山巌元帥満洲軍総司令官に、児玉源太郎大将総参謀長に山県有朋元帥三参謀総長に補せられ、総司令部は七月出発
6月 △陸軍の第一、第二、第三軍益々前進、常陸丸遭難
6月 △女子大学桜楓会、家庭週報を創刊す
6月 △東洋婦人会、発会式を華族会館にて行ふ
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