(株)毎日新聞社『毎日新聞七十年』(1952.02)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。千代夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
2月1日 日本立憲政党の機関紙として日本立憲政党新聞創刊、毎日新聞はその号数を継承 本社記事
3月1日 時事新報創刊 内外事情
3月15日 大隈重信ら改進党組織 内外事情
3月18日 福地源一郎ら帝政党組織 内外事情
4月4日 大阪に大東日報創刊 内外事情
明治16年(1883) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社相談役、同社工場落成。 東京電燈会社創立(後に委員)。伊藤兼子(かね子)と再婚。〔43歳〕 渋沢関係略年譜
4月16日 新聞紙条例を改正、新聞発刊に保証金制度を実施 内外事情
- 日本立憲政党新聞は大阪新報(十年十二月十五日創刊)とともに民党紙として、御用紙大東日報に対抗活躍 本社記事(紙齢1)
明治17年(1884) - 【渋沢栄一】東京商業学校(前、商法講習所)校務商議委員。磐城炭礦社設立・会長。日本鉄道会社理事委員(後に日本鉄道株式会社取締役)。〔44歳〕 渋沢関係略年譜
5月 自由党員暴動の群馬事件 内外事情
7月 同じく[自由党員暴動の]加波山事件 内外事情
10月29日 自由党、次いで日本立憲政党解散 内外事情
- 自由党およびその別働隊日本立憲政党の解散により日本立憲政党新聞は政党の保護を失う 本社記事(紙齢2)
明治18年(1885) - 【渋沢栄一】ジャパン・ブリュワリー・コンパニー・リミテッド設立(後に理事)。日本郵船会社創立(後に日本郵船株式会社取締役)。東京瓦斯会社創立・委員長(後に東京瓦斯株式会社取締役会長)。〔45歳〕 渋沢関係略年譜
9月1日 日本立憲政党新聞を大阪日報と改題 本社記事(紙齢3)
12月22日 内閣官制成り伊藤博文ら内閣を組織 内外事情
明治19年(1886) - 【渋沢栄一】「竜門社」創立。東京電灯会社開業(後に委員)。〔46歳〕【竜門社】竜門社が東京・深川福住町の青淵先生邸内に創立する。機関誌『竜門雑誌』創刊号を刊行。 渋沢関係略年譜
5月 第一回条約改正会議開く 内外事情
8月 大阪日報から浪華新聞を発行 本社記事(紙齢4)
明治20年(1887) - 【渋沢栄一】東京製綱会社発起委員(後に取締役会長)。東京人造肥料会社創立委員(後に取締役会長)。京都織物会社創立、相談役。日本煉瓦製造会社創立・理事(後に日本煉瓦製造株式会社取締役会長)。東京ホテル創立・理事長(後に帝国ホテル株式会社取締役会長)。北海道製麻会社・相談役。〔47歳〕 渋沢関係略年譜
1月 東京に電灯点灯(日本最初) 内外事情
3月 大阪実業界の有志兼松房治郎ら大阪日報、浪華新聞を譲受け実業界の機関紙とす 本社記事(紙齢5)
12月 保安条例公布 内外事情
明治21年(1888) - 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に札幌麦酒株式会社取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)の新邸に転居。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 渋沢関係略年譜
2月 大隈重信外相条約改正に従事 内外事情
4月 市町村制公布 内外事情
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