(株)読売新聞社『読売新聞八十年史』(1955.12)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治7年(1874) - 【渋沢栄一】東京府知事より共有金取締を嘱託される。〔34歳〕 渋沢関係略年譜
11月2日 子安峻、本野盛亨《もりみち》、柴田昌吉、三人により読売新聞創刊号、東京虎之門外琴平町一番地 活版印刷所 本局日就社から発行さる、社長は子安峻 創業時代
11月10日 △裁判《おさばき》欄を新設す 創業時代
11月18日 △公聞《おたつし》欄を設く 創業時代
11月 初代社長 子安峻(明治7年11月―22年1月) 創業時代
12月14日 △はじめて付録を添付 創業時代
明治8年(1875) - 【渋沢栄一】第一国立銀行頭取。商法講習所創立。東京会議所会頭。〔35歳〕 渋沢関係略年譜
5月1日 △隔日発行から日刊となる、定価一枚売り八厘、一カ月十六銭、前金郵税別 創業時代
10月2日 △相場表を添付 創業時代
11月30日 △桜田兼房町の火事で本紙にノリ付した号外を発行・日刊新聞最初の号外か 創業時代
12月29日 △発行部数一万七千と社告す 創業時代
明治9年(1876) - 【渋沢栄一】東京府瓦斯局事務長。東京養育院院長。〔36歳〕 渋沢関係略年譜
1月4日 創刊以来の半紙大を現在のタブロイド判に改め四ページとす 創業時代
1月4日 △高畠藍泉入社す 創業時代
4月1日 △新聞休刊日を日曜と祭日とす 創業時代
4月29日 △「小学雑誌」を発行 創業時代
6月7日 △読売新聞本局日就社支店を大阪御霊筋伏見町通五丁目十一番地に設置 創業時代
6月29日 △新聞供養大施餓鬼浅草観世音に開催され藍泉以下多数本社員出席す 創業時代
8月24日 △松村政親編集長兼出版人代理となる 創業時代
9月21日 △鈴木田正雄編集長から局長となり永井碌編集人兼出版人となる 創業時代
9月22日 △編集局長鈴木田正雄新聞条例違反のため罰金二十円申付けらる 創業時代
11月16日 △饗庭篁村の「暴動記」第一回掲載 創業時代
11月 △月刊雑誌「学び乃暁」を創刊 創業時代
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