(株)読売新聞社『読売新聞百年史. 資料・年表』(1976.11)

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月日 事項 年表種別
昭和8年(1933) 1月26日 高橋雄豺を外報部長に迎えると社告 本社
11月10日 高橋雄豺、主筆に 本社
昭和13年(1938) 8月5日 高橋雄豺主筆、日本新聞使節団に加わりアメリカ経由で渡欧、各国の新聞事情視察 本社
昭和17年(1942) 9月29日 本社新役員を選出、代表取締役社長正力松太郎、取締役副社長高橋雄豺、専務取締役総務局長小林光政、常務取締役業務局長稲葉輪一、取締役厚生局長竹中治、取締役主幹宮崎光男、取締役企画局長務台光雄、編集局長に中満義親、新設の出版部長に松井政平。 本社
昭和20年(1945) 8月20日 社員総会開かれ役員を改選、社長正力松太郎、副社長高橋雄豺、常務取締役稲葉輪一(9.2に至り戦災死を確認)取締役宮崎光男各重任、取締役務台光雄、常務取締役に、顧問小林光政、専務取締役に、編集局長中満義親、取締役に各選任 本社
昭和26年(1951) 11月15日 高橋雄豺顧問となる 本社
昭和30年(1955) 5月29日 イギリス総選挙状況視察のため渡米中の取締役高橋雄豺はロンドンBBC放送の日本向け時間に「イギリス総選挙について」を放送 本社
6月14日 取締役高橋雄豺を代表取締役副社長に選任、主幹・新聞監査委員会委員長兼務 本社
11月25日 代表取締役副社長高橋雄豺、大阪読売新聞社取締役会長に就任 本社
昭和31年(1956) 6月27日 定時株主総会、第6期剰余金処理案(配当年6分)代表取締役高橋雄豺、取締役品川主計、監査役清水与七郎の重任、郡司宗秋の監査役選任を承認 本社
昭和33年(1958) 2月21日 副社長高橋雄豺「新訂英国警察制度論」で戦後新聞人として初の法学博士の学位を受ける 本社
4月13日 副社長高橋雄豺、欧州視察のため出発(~26日) 本社
6月27日 定時株主総会で任期満了の代表取締役高橋雄豺、取締役品川主計、監査役清水与七郎、郡司宗秋再選 本社
昭和34年(1959) 4月30日 「都市建設調査会」創立総会、会長に副社長高橋雄豺 本社
11月25日 大阪読売定時株主総会で全役員を再選重任、取締役会長に高橋雄豺、代表取締役に務台光雄、専務取締役に八反田角一郎、常務取締役に栗山利男を選任 本社
12月8日 副社長高橋雄豺にイタリア・オーダー・メリット(文化功労章)贈られる 本社
昭和35年(1960) 6月28日 定時株主総会、取締役高橋雄豺、監査役清水与七郎を再選重任、監査役正力亨を取締役、取締役品川主計を監査役に選任、高橋雄豺は代表取締役副社長に再任 本社
昭和36年(1961) 4月20日 副社長高橋雄豺、日本新聞協会会長に推される 本社
6月28日 副社長高橋雄豺、日本新聞協会会長に再選される 本社
7月14日 財団法人「読売光のプレゼント協会」設立認可、理事長、高橋雄豺 本社
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