大阪商工会議所『大阪商工会議所八十五年史』(1965.07)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治11年(1878) - 【渋沢栄一】東京商法会議所創立・会頭(後に東京商業会議所・会頭)。〔38歳〕 渋沢関係略年譜
7月 五代友厚、中野梧一、藤田伝三郎、広瀬宰平主唱者となり、大阪商法会議所の設立を大阪府知事に出願。
8月 大阪商法会議所設立允許を受く。
9月 五代友厚会頭に、中野梧一、広瀬宰平副会頭に、加藤祐一、芝川又平を理事に選任(第一回総会)。
9月 仲間組合組織申合規則を設け、同業者団結の急務を唱道(臨時第一次会)。
9月 諸商業仲間の成則を設くる議案を審議(定式第二次会)。
10月 砂糖商仲間規則を設くる議案を審議(大阪における同業組合設立のはじまり)。
明治12年(1879) - 【渋沢栄一】東京海上保険会社創立。北豊島郡西ケ原村(現在の東京都北区西ケ原)に別荘(飛鳥山邸、翌年曖依村荘と命名)を構える。グラント将軍(元アメリカ大統領)歓迎会(東京接待委員総代)。養育院院長。〔39歳〕 渋沢関係略年譜
1月 新築開場式を挙行。
1月 定式第九次会を開き「商法会議所事務要目」を議し、商況調査委員を置く。
5月 商標条例発布により、政府はその草案を示し、本会議所の意見を求む(諮問のはじまり)。
6月 関税局より海関税改正につき諮問、一〇月に報告。
7月 商況調査日報および商況新報を発刊。
7月 商業仲間総代を商法会議所会員とす。
10月 会頭五代友厚「条約改正」に関し大蔵卿大隈重信に建言。
明治13年(1880) - 【渋沢栄一】博愛社社員(後に日本赤十字社常議員)。〔40歳〕 渋沢関係略年譜
2月 「銀行の事業を拡張するの議案」につき審議(定式第二七次会)。
3月 大蔵省より府下重要商品価格の調査を命ぜらる。
4月 大阪府知事より地方税中営業等級の差等軽重に関する諮問をうく。
6月 「手形流通の義付願」を大阪府知事に請願。
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問。東京大学より文学部「日本財政論」の講師を嘱託される。〔41歳〕 渋沢関係略年譜
5月 農工商諮問会規則発布(一六年五月一六日廃止)。
6月 組織を変更し議員を公選、希望の二種に分つ。
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。千代夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
1月 広瀬副会頭辞任、西川甫副会頭となる。
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