鐘紡(株)『鐘紡百年史』(1988.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
7月1日 第四次操短実施(一二.三一まで) 当社事項
7月25日 職工衛生基金制定 当社事項
9月5日 大日本綿糸紡績同業聯合会は、臨時総会で綿糸布の輸出奨励金を決める 業界・一般事項
10月25日 中津紡績(株)を合併、中津工場となる 当社事項
10月28日 九州紡績(株)を合併、三池工場、久留米工場、熊本工場となる 当社事項
10月28日 大日本綿糸紡績同業聯合会は、大日本紡績聯合会に改称 業界・一般事項
11月30日 博多絹糸紡績(株)を合併、博多工場となる 当社事項
明治36年(1903) - 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。日印協会創立・会員(後に会頭)。〔63歳〕 渋沢関係略年譜
6月8日 注意書制度実施 当社事項
6月30日 「兵庫の汽笛」創刊(わが国初の社内報) 当社事項
7月21日 第五回内国勧業博覧会で当社綿糸が名誉金牌授賞 当社事項
7月25日 社内報「鐘紡の汽笛」創刊(兵庫の汽笛改題) 当社事項
- 紡績の合同進み三二年末の七八社は、この年末に四九社となった 業界・一般事項
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
2月10日 日露戦争起り不況深刻 業界・一般事項
9月7日 兵庫支店構内に織布試験工場着工 当社事項
明治38年(1905) - 【渋沢栄一】韓国皇帝より勲一等太極章。移転した養育院感化部井之頭学校と改称、開校式。徳川慶喜・伊藤博文らを飛鳥山邸(曖依村荘)に招待、茶室・無心庵にて午餐会。〔65歳〕 渋沢関係略年譜
1月 株式を大阪株式取引所に上場 当社事項
2月 豊田佐吉、自動織機を完成 業界・一般事項
6月1日 鐘紡共済組合創設(現在の鐘紡健康保険組合の前身) 当社事項
8月 有馬保養所開設 当社事項
9月1日 「鐘紡職工学校」開校 当社事項
9月5日 日露講和条約調印 業界・一般事項
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