岸和田紡績(株)『岸和田紡績株式会社五十年史』(1942.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
11月23日 創業以来会社ノ為メニ尽シ其基礎ヲ強固ニ築キタル初代社長寺田甚与茂氏逝去セラル
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
4月11日 陸軍省ヨリ上海駐屯軍仮兵舎敷地トシテ当社上海所有ノ土地全部借用方要請アリタルニ付之ヲ承諾ス
12月7日 岸和田第一工場(旧称本社工場第一工場)ノ大増改築起工ス「リング」二一、六〇〇錘据付ニ決定ス
昭和8年(1933) - 【竜門社】青淵先生の遺言により渋沢家から曖依村荘を受贈する。財団法人渋沢青淵翁記念会が東京・常盤橋公園に青淵先生の銅像を建てる。 渋沢関係略年譜
5月18日 大垣市青柳町ニ工場敷地約三万坪買収ノ仮契約ヲ締結ス
6月14日 岸和田第一工場(旧称本社工場第一工場)ノ大増改築竣工ス
10月5日 堺工場全部運転休止ス
昭和9年(1934) - 【渋沢敬三】日本民族学会理事就任。 渋沢関係略年譜
3月31日 堺工場事業廃止ス
6月8日 大垣工場設立認可セラル
昭和10年(1935) - 【渋沢敬三】日本女子大学評議員就任。 渋沢関係略年譜
7月25日 大垣工場運転開始ス
昭和11年(1936) - 【竜門社】第二次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。 渋沢関係略年譜
4月12日 大阪営業所、大阪東区瓦町二丁目三和ビルヂングヨリ大阪市東区北久太郎町三丁目寺田ビルヂングへ移転ス
昭和12年(1937) - 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会が、小畑久五郎著“An Interpretation of the Life of Viscount Shibusawa”を刊行する。 渋沢関係略年譜
10月1日 創立四十五周年記念事業ヲ行フ
12月23日 資本金弐千万円トナリ之ヲ登記ス
昭和13年(1938) - 【渋沢敬三】国民貯蓄奨励委員会委員。 渋沢関係略年譜
5月16日 中華民国天津市ニ天津工場設立ヲ計画ス
昭和14年(1939) - 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会と共催で「青淵先生生誕百年記念祭」を挙行する。日本実業史博物館建設地鎮祭を挙行する。 渋沢関係略年譜
5月10日 岸和田第一工場(旧称本社工場第一、第二、第三工場)全部運転休止ス
10月10日 堺市所在当社所有地(堺工場跡)全部ヲ他へ譲渡ス
昭和15年(1940) - 【竜門社】第100回会員総会並に記念展観を開催する。 渋沢関係略年譜
6月1日 天津工場運転開始ス
昭和16年(1941) - 【渋沢敬三】全国貯蓄銀行協会会長に就任。第一銀行副頭取に就任。 渋沢関係略年譜
7月26日 当会社ハ大日本紡績株式会社ト統合ス
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