※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正8年(1919) | - | 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。財団法人協調会創立・副会長。〔79歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
8月 | 日本クロス創立(京都・西陣)資本金100万円//ブッククロスの国産を始める | 日本クロスのできごと | |
- | パリ講和会議 | 社会のできごと | |
大正9年(1920) | - | 【渋沢栄一】社団法人国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
11月 | (株)博進社大阪支店とクロスの関西一手販売契約を行なう | 日本クロスのできごと | |
- | 第一回メーデー東京上野公園で開かれる | 社会のできごと | |
- | 第一回国勢調査実施さる | 社会のできごと | |
大正10年(1921) | - | 【渋沢栄一】ワシントン軍縮会議実況視察のため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 絹糸精練に続いて捺染を始める | 日本クロスのできごと | |
大正11年(1922) | - | 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。アルメニア難民救済委員会委員長。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 | 渋沢関係略年譜 |
- | ソビエト連邦成立 | 社会のできごと | |
大正12年(1923) | - | 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | クロス用ビスコース製造法の特許登録 | 日本クロスのできごと | |
- | 関東大震災おこる | 社会のできごと | |
大正14年(1925) | - | 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。日本無線電信株式会社設立委員長。飛鳥山邸(曖依村荘)に青淵文庫竣工、傘寿と子爵昇格の祝いを兼ねて竜門社より贈られる。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 | 渋沢関係略年譜 |
7月 | クロス製造法の特許登録 | 日本クロスのできごと | |
- | 普通選挙法公布される | 社会のできごと | |
大正15年(1926) | - | 【渋沢栄一】太平洋問題調査会創立・評議員会会長。社団法人日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | 東京に出張員を派遣する | 日本クロスのできごと | |
7月 | (株)博進社との間にクロス製品の一手販売契約 | 日本クロスのできごと | |
8月 | 楽器用皮革製造法の特許登録 | 日本クロスのできごと | |
昭和元年(1926) | - | 【渋沢栄一】太平洋問題調査会創立・評議員会会長。社団法人日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 大正天皇崩御 昭和と改元 | 社会のできごと | |
昭和2年(1927) | - | 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
8月 | トレーシング・クロス(製図用)の製造を始める | 日本クロスのできごと | |
- | 金融恐慌はじまる | 社会のできごと | |
- | わが国最初の地下鉄開通する(上野‐浅草間) | 社会のできごと | |
昭和3年(1928) | - | 【渋沢栄一】日本女子高等商業学校建設後援会発起人。日本航空輸送株式会社創立・創立委員長。〔88歳〕【竜門社】青淵先生米寿祝賀会を開催し、斯文会編訳『国訳論語』等を記念品として青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 大阪に出張員を派遣する | 日本クロスのできごと | |
11月 | 京都の現在地(西京極)に分工場を設立(天神川工場) | 日本クロスのできごと |