帝国製麻(株)『帝国製麻株式会社三十年史』(1937.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
9月6日 本店及横浜支店は震災のため類焼に付仮事務所を永楽ビルデング内に設置す
11月15日 京城出張所を京城府永楽町二丁目五十二番地に設置す
12月21日 日木麻糸株式会社合併により社債百万円継承の登記を為す
12月25日 第一回社債券五百万円を発行す
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】日仏会館開館・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
4月2日 石狩製線工場焼失す
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
4月23日 羽幌製線工場焼失す
5月12日 販売所を東京市日本橋区通二丁目十五番地に設置す
大正15年(1926) - 【渋沢栄一】日本太平洋問題調査会創立・評議員会長。日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
3月1日 本店分課を秘書役、営業部(販売課、倉庫課、販売所)経理部(経理課、庶務課、会計課、調査課)工務部(作業課、技術課、人事課)に改む//倉庫課を東京府北豊島郡王子町字豊島二千二百六十三番地に置く
5月1日 第二回社債券七百万円を発行す
7月26日 常務取締役雑賀良三郎氏常務を辞任す//高野省三氏常務取締役に就任す
12月18日 大阪、札幌、鹿沼健康保険組合の設立認可さる
昭和2年(1927) - 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 渋沢関係略年譜
3月5日 臨時株主総会に於て当社へ日本製麻株式会社を合併資本金三千百七拾五万円を三千三百二拾五万円に増額を決議す(第四回増資)
5月3日 紋鼈製線所は伊達村西紋鼈大火のため類焼す
6月1日 日本製麻株式会社を合併す
7月28日 定時株主総会に於て当社へ昭和製麻株式会社を合併資本金三千三百二拾五万円を三千四百二十五万円に増額を決議す(第五回増資)
8月4日 日本製麻株式会社合併に依り、同社第四回社債二百万円及同社第五回物上担保附社債三百万円継承の登記を為す
8月20日 当別製線所工場焼失す
昭和3年(1928) - 【渋沢栄一】日本航空輸送会社創立・創立委員長。日本女子高等商業学校発起人。〔88歳〕【竜門社】青淵先生米寿祝賀会を開催し、斯文会編訳『国訳論語』等を記念品として青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
3月31日 昭和製麻株式会社を合併す
7月30日 定時株主総会に於て資本金三千四百二十五万円を一千七百十二万五千円に減少を決議す
8月6日 常務取締役阪本治郎、鈴木鈴馬の両氏常務を辞任す//取締役左乙女謙吉氏支配人に就任す//本店の秘書役及部を廃し販売課、工務課、調査課、庶務課、会計課、及経理課に改む
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